この曲が作曲された1840〜1844年はクララにとって一番幸福な時期だったと思います。結婚を巡る父との争いに裁判で勝ってローベルトと結婚し(1840.9.12)、長女マリー(1841.9.1)、次女エリゼ(1843.4.25)を相次いで産みました。そして何よりもこの時期はローベルトの病状が軽く、彼の創造性が最高潮に高まった時期でした。1840年を「歌曲の年」1841年を「交響曲の年」1842年を「室内楽の年」と呼び、ローベルトの代表的名作の多くがこの時期に作曲されたことは御存知の通りです。
しかし大きな幸福の中にも小さな不満がクララにはあったようです。ローベルトが作曲に没頭している間は彼の仕事の邪魔にならないように、クララは作曲はもちろん、コンサートピアニストとしての日頃の練習も遠慮したのです。ですからクララはローベルトの外出中の寸暇を惜しんで作曲とピアノの練習をしていたとのことです。この曲もきっとその様な寸暇の中で作曲された物と思われます。
この曲のオープニングはとても壮麗でドラマティックです。コンサート受けしそうな華やかさに満ちています。私の個人的感覚では、岩場に打ち寄せる波の様な印象のメロディです。そして中間部は嫋やかなメロディ。岩場の波から一転して、凪の時の砂浜のさざなみのような、静かで優しい和音の上下運動。最後はまた元の主題に戻ってドラマティックに曲を終えます。
ハ短調のオープニング部分は1841年にクララが作曲し、ローベルトとの共作として出版されたF.リュッケルトの「恋の春」からの12の歌
(ローベルトの作品番号37、クララの作品番号12)の第二曲「彼はやってきました」のピアノ伴奏と殆ど同じです。また中間部の優しいメロディはローベルトが1840年に作曲した詩人の恋作品48の第15曲「昔の童話より」から引用されています。これらまさしくこの曲が幸福の絶頂の歌曲の年以後の産物であることを示しています。
| 冒頭 |
| 中間部冒頭 |