この様な状況下におかれた「妻の気持ち」とはどの様なものでしょう?クララは日記に「この曲のトーンは悲しい。私はそれを書いたとき、とても悲しい気分だったから」と記しています。クララの言葉通り、この曲は極めて静かな、もの悲しいメロディで始まります。テレビドラマなどで女性が一人喫茶店で誰かを待ち続けているときに、テーブルの上で指を寂しげに動かしますよね。まるでそのシーンを彷彿させるようなメロディです。中間部ではト長調に移調しかすかな希望を感じさせるようなメロディになりますが、これはきっとローベルトの全快を祈っているのでしょうか?そしてまた元のロ短調に戻り、もの悲しく、静かに曲は終わります。スコアの最後の音符の下には「Liebendes Gedenken! Clara」と書かれており(これは出版譜にも印刷されています)、この文字がこの曲の余韻を深遠なものにしています。
クララは日記に「ヨハネスのために、彼がローベルトを訪問している1855年4月2日に作曲した」とも書いていますが、この曲の主題は、実はブラームスのピアノソナタ第三番ヘ短調作品5、第四楽章 Andante molto からとられています。この第四楽章は「回顧」という副題が付けられていて、遠くにある人を思うような静かでもの悲しいメロディで占められています。ブラームスはピアノソナタ第三番を1853年にデュッセルドルフで仕上げ、11月2日にはシューマン夫妻の前で演奏していたのでした。「回顧」というのはシュテルナウの詩で
ああ、どんなにか木々が早く枯れと言う内容だそうです。ブラームスは一節によればこの詩に託して、ライン地方の徒歩旅行の時に会ったある少女の想い出を歌ったのだそうです(ゲルハルト・オピッツのブラームスピアノ独奏曲全集の解説より引用)。
どんなにか森が裸になるのか
お前がもし知っているなら
お前はこんなふうに冷淡でも冷酷でもないだろう
そしてやさしく私の顔をみつめてくれるだろうが
この曲を完成してまもなくローベルトはこの世を去ります。そしてクララの作曲活動も事実上の終焉を迎え、ローベルト亡き後の人生の殆どすべての精力を、彼女は夫の作品の出版とそれを世の聴衆に広める事に注いだのでした。この曲は事実上のクララの最後の作品で、この後に作曲された曲は知人の金婚式の為に作曲した行進曲(1879年)だけです。「前奏曲集」と「プレリュードと学習者のためのプレリュード集」という曲がクララの亡くなる一年前(1895年)に作曲されたことになっていますが、これは音楽教授クララ・シューマンの日常のピアノ教授内容を、他人のすすめで、大部分は他人の手によって楽譜に書き留められた物です。
この曲のスコアの末尾に書かれた「Liebendes Gedenken! Clara」と言う言葉、これがクララの作曲活動の最後の印になると彼女自身なんとなく分っていたような気がします。
この曲についてはエレーヌ・ボスキ盤のCDライナーノーツの中で前田昭雄先生が解説されていますので、全文をご紹介します。
クララとロベルトは結婚する前から、音楽の上でぴたりと一致するところがあった。バッハとベートーベンを尊敬し、シューベルトを愛したことで、ふたりの愛はいっそう確かなものになっている。その影響をはっきり感じさせるのが、この集中ではこのロマンス。例えば冒頭の旋律〜純な古典性で流れる、憧憬の軌跡はだんだんとロマンティックに繊細化してゆくだろう。その全体がまことに正直で、19世紀の「美しき魂」に対する、私たちの郷愁をかきたてる。
ロマンス・ロ短調冒頭部分
森潤子校訂 クララ・シューマンピアノ曲集(音楽之友社)より