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※曲目のデータなどは、ナンシー・B・ライク著「クララ・シューマン、女の愛と芸術の生涯・高野茂 訳」をベースに作成し、手持ちのCDの解説を参考にして補填しました。
4つの性格的小品 作品5
QUATRE Pieces caracteristiques pour le Pianoforte
(ピアノの為の4つの性格的小品〜初版の表題に記されたタイトル)
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第一曲;Impromptu. La Sabbat (魔女の饗宴)【 Hexentanz (魔女の舞踏)として単独出版もされている】
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第二曲;Caprice a la Bolero (ボレロ風カプリス)
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第三曲;Romance (ロマンス)【 Andante con sentimentoとして別途出版もされている】
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第四曲;Scene fantastique. Le Ballet des revenants (亡霊達の踊り)
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作曲年;1833-36年(13-16才)
(クララの1833年7月の日記に亡霊達の踊り(第4曲)を作曲したとの記述あり。また1835年9月1日のクララからローベルトの手紙の中で、亡霊達の踊り(第4曲)と魔女の舞踏(第一曲)を清書したとの記載あり。)
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初演;
全曲の公開演奏の記録は残っていない。
第一曲は様々な曲名により1834年から1839年の間に少なくとも15回の公開演奏を行っている。
第二曲ボレロは1837年2月25日。
晩餐などの私的な場での演奏は、
1834年5月24日ドレスデンでのGraf Baudissinとの夕食で第一曲を演奏。
1836年6月24日カッセルにて作曲家のシュポアの為に全曲演奏。この日のこと記したクララの日記に「印刷に向けて全曲を仕上げた」とある。
1836年9月12日ライプツィッヒの自宅にて、ショパンの為に全曲を演奏。
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出版年;1836年9月(16才)
第一曲はHexentanzとして1838年4月に別途出版。
また全曲が作品6と共に、「音楽夜会、10の性格的小品」として1837年または1838年に出版。
第三曲ロマンスは1838年の作品Andante con sentimentoとして、1977年クララ・シューマンのロマンティックなピアノ曲集第二巻(Willy
Muller)、及び1979年のクララ・シューマンのピアノ小品集(Doblinger)に含められた。
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献呈者;ゾフィー・カスケル嬢(1817-1894、クララの友人)
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自筆譜の所在;
Romanze fur Klavierと題され、Leipzig, im Juni 1836と記された第三曲ロマンス;東ベルリンのドイツ国立図書館。
Andante con sentimentoと題され、zu Wien im April 1838と記された第三曲ロマンス;ヴィーン楽友教会。
その他の曲;不明。
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演奏時間;1'44", 3'47", 3'04", 4'01", 合計 12'33" (Jozef de Beenhouwer盤)
クララの17歳の誕生日の前日(1836年9月12日)、フレデリック・ショパンがクララの家を訪問し、クララはショパンにこの作品5全曲を演奏して聴かせました。その時にショパンはこの曲にとても感激し、その日以後、作品5の直筆譜を持ち歩いていたそうです。そんな逸話を持つこの曲は、クララの曲の中でも極めて特異な性格を持つ曲だと思います。
クララの曲は作品1から作品4まで、作品5から作品9まで、そして作品10以後に大別出来ると個人的に思っています。初期の作品4までの曲は、若きクララの自由奔放な楽想をそのまま鍵盤に下ろしたような雰囲気を持っています。そこには聴衆に聴かれる事を意識したような楽想は希薄で、あくまで若きクララの心の内から湧き出た音楽があります。
しかし既にコンサートピアニストとしての経歴を積み始めていたクララは、作曲家兼ピアニストとしての興行上の理由から曲を作る必要がありました。その様な外的理由を感じるのが作品5から作品9で、有名なオペラの主題を使った変奏曲や(作品8)、管弦楽を伴った協奏曲(作品7)、演奏技巧を誇示し当時の聴衆を喜ばせる様な曲(作品8、作品9)であったりします。この作品5は当時流行っていた「悪魔的な語法」(ナンシー・B・ライクの言葉による)に基づく変化に富んだ曲で、演奏技巧もタップリと披露できる曲であるため、作曲家兼ピアニストのクララ・ヴィークの名声を高めるのに一役買いました。実際にこの曲はショパンのみならず、シュポア、メンデルスゾーンなどの当時の作曲から絶賛され、個々の曲は頻繁にコンサートの曲目の中に現れたのです。
作品10以後の曲からは「興行上の理由」は希薄になり、大人になったクララの内なる感情をデリケートに鍵盤に下ろした様な楽想に変化し、ローベルトの影響を受けつつも、クララならではの深遠な世界を築き上げていると思います。
鋭い不協和音、音やリズムの大きな変化、音の半音階的進行をこれだけタップリと聴かせてくれる曲は、クララの他の曲の中にはちょっと見当たりません。その意味で作品5は「極めて特異」であり、私の耳には「クララらしくない」と聞える曲です。しかしその完成度と魅力度はバツグンで、クラリストである事を離れて、何度聴いても飽きない名曲になっています。
この曲はクララがまだ13歳の1833年に着手され、17歳の誕生日目前の1836年半ばに完成しています。つまりローベルトとの恋が芽生え、その後エルネスティーネとローベルトの婚約騒ぎでクララの心が揺れ、そしてローベルトとの仲が確定的になった時期にかけて作曲されています。第一曲の鋭い不協和音の中に、そんなクララの揺れる心が隠されているのでしょうか?
初版では4曲同時に出版されたものの、当時の興行上の理由からでしょうか、全曲が一度に公開演奏されたことは無く、それにつられるように、初版以後の出版時には作品6と合体したり、あるいは個々の曲が単独の曲として出版されたりしています。第三曲ロマンスの直筆譜は2種類残っており、それぞれに異なる題名、日付が記されているために、20世紀になってその内の一つを新しい曲と誤解した二人の音楽編集家がロマンスだけを出版していたりします。
第一曲 Impromptu. La Sabbat 魔女の饗宴
単独で出版されたときの名前、Hexentanz (魔女の舞踏)という名前に相応しく、妖しく飛び跳ねるようなリズムの不協和音で始まるワルツ。これから始まる魔女の夜会の序奏の様な、短い曲です。
第一曲冒頭部分
クララ・シューマン・ピアノ曲集 森潤子校訂、音楽の友社より
第二曲 Caprice a la Bolero カプリス風ボレロ
作品5の中で中心的な位置を占める曲です。一転してリズムは急速な二拍子に変わり、不協和音の半音階的進行と、音の飛躍が随所に散りばめられて、夜の深い森を馬で疾走するような感覚にとらわれます。
中間部は緩やかな、優しいメロディ。四つの束の間の小品・作品15あたりに聴かれるようなクララならではの優しさに満ちた音楽が挟み込まれています。森の中に見つけた花園で休憩をしている様な情景です。
再び馬で疾走するような速いリズムの音楽に戻ると、きらびやかな演奏効果の上がるフィナーレで終わります。
第三曲 Romance ロマンス
その名の通り、優しいロマンス。優しさと、時折不安げな気分を織り混ぜたようなメロディは、後期のクララの作品に通じるものが有ります。
第三曲冒頭部分
クララ・シューマン ピアノ曲集 森潤子校訂、音楽の友社より
第四曲 Scene fantastique. Le Ballet des revenants 亡霊達の踊り
その題名に相応しく、様々な不協和音によって表現される沢山の亡霊達が、飛び回り、走り回り、踊りまくる様な曲です。和音を上下に連打するオープニングの後で、緩やかに下がり、そして上がる和音の進行が二度繰り返されます。そしてメロディは急速なものになり、高音、中音、低音、様々な不協和音が飛び跳ね出します。再度オープニングが再現されると、今度は第二曲ボレロにあるような馬で疾走するような急速な二拍子のリズム。そしてまた不協和音の舞踏...それらが様々な形で展開されて行きます。曲は最後に緩やかになり、まるで夜明けを迎えて亡霊達が去って行くような、フェードアウトするようなフィナーレで終えます。
この曲に聴かれる様々なメロディは、多くの方がどこかで聴いたことのあるものです。それはローベルトのピアノソナタ第1番第1楽章で使われているものだからです。下記譜例は、最上段が冒頭の和音を上下に打ちならすもので、二段目が馬で疾走するような二拍子のリズムの部分。最下段はローベルトのソナタ第1番第1楽章で、それら二つを結合したようなメロディが現れる部分です。このメロディはローベルトのソナタ第1番第1楽章全体に渡って散りばめられています。
ローベルトはソナタ第1番をクララに献呈しましたが、その時に「この曲は君に対する僕の心の叫びであり、君の旋律があらゆる形をとって出現する」と書いています。その「クララの旋律」の源がこの曲なのです。
第四曲譜例。
上段は冒頭部分。中段は44-47小節部分。
下段はローベルト・シューマンのピアノソナタ第1番第1楽章 Allegro vivace
部分。
Nancy B Reich, Clara Schumann, The Artist and The Womenより
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