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※曲目のデータなどは、ナンシー・B・ライク著「クララ・シューマン、女の愛と芸術の生涯・高野茂 訳」をベースに作成し、手持ちのCDの解説を参考にして補填しました。
ローベルト・シューマンの主題による変奏曲 作品20
VARIATIONEN fur das Pianoforte uber ein Thema von Robert Schumann
[furとuberのuにはウムラウトが付いてます]
(ローベルト・シューマンの主題によるピアノの為の変奏曲〜初版の表題に記されたタイトル)
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作曲年;1853年6月3日(33才)
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初演;--
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出版年;1854年秋(35才)
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献呈者;ローベルト・シューマン
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自筆譜の所在;ローベルト・シューマン・ハウス、及びウィーン楽友協会のブラームスの遺産
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演奏時間;10'43" (Konstanze Eickhorst盤)
この曲はクララの作品の中で最も録音頻度の高いものです。恐らくローベルトの主題を使っていることがクララに馴染みのない人にもアピール出来ると考えて、多くのピアニストが取り上げているのでしょう。
この曲は1853年6月3日に完成し、ローベルトシューマンの43才の誕生日(6月8日)プレゼントとして贈られました。スコアの表紙には「”彼に”捧げられたローベルト・シューマンの主題による変奏曲」と書かれ、次のような手紙とともに夫に送られました。「愛する夫へ。1853年6月8日。ふたたびあなたのクララからこの弱々しい試作をお贈りします。」クララがこの様に自分の作品を卑下しているのはいつもの彼女の性癖で、実際には曲の出来に自信があったらしく、娘マリーへの手紙には「とても嬉しいことにすべての曲はとても良く書けていたので、ロベルトが変更しよと思うような箇所は全然ありませんでした。人間は歳をとるにつれて、成熟した心と感情だけが与えてくれる愉しみも増してゆくものなのですよ」(ナンシー・B・ライク著の伝記より引用)と書いています。
この曲の主題はローベルトのBunte Blatter(色とりどりの小品、あるいは雑記帳と訳されます)作品99の第4曲(4〜8曲は5つのアルバムの綴りと呼ばれ、その第1曲)からとられています。曲全体は主題提示と7つの変奏からなります。
曲全体のトーンは暗く沈みがちで、変奏の振幅、拡がりなどもあまり感じられないので普通に聴いただけでは「素晴らしい曲!」という感覚を持つことは難しいかも知れません。しかしこの曲が書かれた時のふたりの状況を理解すれば、この曲が切々と語るクララのローベルトに対する思いに心打たれることになります。1853年には既にローベルトの病状はかなり悪化し、妻であるクララは常に夫の側に寄り添い看病し、夫がひととき気分が良くて仕事(作曲)がはかどれば、クララは夫と一緒に喜びをかみしめていたのです。そんな雰囲気がこの曲全体を包んでいます。夫の主題から余り離れないのは妻の曲である証拠。さらに感動的なのは第7変奏の中間部で、クララの作品3のテーマとローベルトのテーマが絡み合い、綾織りのようなハーモニーを切々と歌い上げてゆきます。この部分を聴く度に、私にはローベルトのベッドの脇でクララが夫と語り合っている姿が見えてきます。ちなみに、この曲が捧げられた1853年のローベルトの誕生日は、クララが夫と共に過ごせた最後の誕生日でした。
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(譜例〜ナンシー・B・ライクの伝記より)
202小節〜206小節。赤丸がクララの作品3の主題部分。青丸がローベルトの作品99の主題部分です。どちらも多少変奏されてますが、この赤と青の切々とした絡み合いが感動的です。 |
この曲を語るときに忘れられない曲が、ヨハネス・ブラームスの「ローベルト・シューマンの主題による変奏曲・作品9」です。ブラームスはこの曲が作られた直後の1853年9月30日の正午頃にデュッセルドルフのシューマン家を訪問し(あいにくその日は夫妻が不在で、翌日の11時に再訪)音楽史に輝くブラームスとシューマン夫妻の交友が始まりました。その後ブラームスはクララの作品20に影響を受けて、ローベルトの同じ主題を用いて、しかもクララの作品3の主題も第10変奏の中に折り込んでこの作品9を作曲したのです。その表紙には「”彼の旋律”にもとづき”彼女”に捧げられた」と書き込みました。そう、作品9はクララに献呈されたのです。
ブラームスは1854年9月25日にブライトコプフ・ウント・ヘルテル社にあてた手紙で、彼の作品9とクララの作品20を同時に出版してくれるように要請しています。心憎い配慮だと思います。
ブラームスの作品9は16の変奏からなります。作曲は第10、第11変奏を除く部分が1854年6月、第10、第11変奏は1854年8月の聖クララの日となっています。この変奏曲はクララの曲と比べるとさすがはブラームス。変奏の幅といい、インスピレーションといい素晴らしいものがあります。そして聖クララの日に作曲された第10変奏ではクララの象徴である作品3の主題がバステーマに現われます。更に、曲のフィナーレでは主題が突然途中で消えてしまうという終わり方をします。これはクララの作品3の主題を用いてローベルトが作曲した作品5(クララ・ヴィークの主題による即興曲)の初版の終わり方と同じなのです。なんと心憎い曲なんでしょうか。
前田昭雄先生がこの曲についてHelene Boschi盤のCDライナーノーツの中で解説されていますので、ここで全文をご紹介します。
クララという人の音楽的環境を思わせ偲ばせる作品はこれだろう。まず主題はローベルトのピアノ曲、OP.99(Bunte
Blatter「彩葉集」)からとられている。しかしそのもとを巡れば、クララの若い頃のメロディにロベルトは汲んだのだったから(第三ピアノソナタ第二楽章等)、それを又クララが変奏するというのは、夫婦共通の想い出を、じっくりと温めているということなのだ。1853年、ローベルトの誕生日に捧げられた。その翌年以後、夫は心身の破局を迎えエンデニッヒの精神病院で過ごすこととなる。ふたりの生活の最後を飾る妻からの花束といえようか。
シューマンの同じ主題によって変奏曲を書いた作曲家がもう一人あった。ヨハネス・ブラームス、21歳。そのOP.9「シューマンの主題による変奏曲」と聴き比べてみると、クララの作の味わいがわかるようだ。作曲の力ーー掘り下げの深さと構想の大きさならブラームスだが、それとは別に「妻の作」なのだ。主題をいっそう愛している。最終変奏など別れ難く切々と。そこに一瞬リストの第一ピアノソナタ、のひとふしが引用されてもいる。リストはこの曲をシューマンに捧げたのだった。
(1999.8.11、聖クララの日に.)
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