エキサイティングな音楽の発見をすることはMHSメンバーの日課の一部ですが、本日の発見は二重の喜びに満ちています。恐らくあなたが名前を聞いたことも無いような、それでいて世界一級のピアニストが、あなたがやはり聴いたことも無いような歴史的なピアノを弾きます。Jenny
Zacharieva-Maleevaがかつてクララ・シューマンに所有されていたとても優雅な1832年製のピアノを演奏するのです。
Jenny Zacharieva-Maleeva:ブルガリアの秘宝
Jenny Zacharieva-Maleevaはソフィアで生まれ、厳しいことで知られるモスクワ音楽学院を卒業、現在はソフィア.ミュージック・アカデミーの教授をされています。偏見をまず捨ててください。彼女はバルカン半島の片田舎で地道な活動をする類の人ではありません。彼女の演奏は全欧、アフリカそして極東で喝采を浴びてきています。残念ながらこれまでアメリカでの活動は殆どありませんし(注;この資料はアメリカ国内向けに記述されています)、彼女のこれまでのCDは見つけることすら難しいようなマイナーなレーベルからしか発売されていませんので、あなたが彼女の名前を知らないとしても無理も無いのです。
彼女のドビュッシーのプレリュードの録音がラジオ放送で流れたのを聴いたことがあるという幸運な方もいらっしゃるかも知れません。それが1988年に放送されたとき、ピアノ愛好者の間に小さな興奮を巻き起こしました。もしこの演奏を聴いたことがあるなら、あなたは既にZacharieva-Maleevaが色彩感覚に優れた、創造力に溢れたピアニストである事を御存知でしょう。
彼女は一般的ではない音楽とか楽器にも大きな興味を持っています。例えば彼女はLalo
Schifrinのアメリカのコンチェルトの欧州初演を成し遂げています。Lalo Schifrinは「スパイ大作戦」の主題曲の作曲家として知られ、その曲はもともと欧州でのアメリカ発見500年祭を祝うために書かれました。
Zacharieva-Maleevaはまたジョージ・ガーシュインへの記念として特別に作られたスタインウェイ「Rhapsody
in Blue」による演奏会を最初に開催したピアニストでもあります。
彼女がこの録音の中で弾いているピアノは、しかし対照的に全くもって新しいものではなく、壊れやすい骨董品です。
クララ・シューマンのBreitkopf & Haertel製コンサートグランドピアノ
1994年にドイツにある宮殿と公園、Schuloss Branitzを訪れた際に、Breitkopf
& Haertel社のライプツィッヒ工房によって作られた1832年製の古くてがたがたになったピアノに巡り会いました。彼女はそのピアノが、19世紀最高のピアニストであり、ローベルト・シューマンの妻であり、また彼女自身も作曲家であったクララ・シューマンにかつて所有されていたことを知り興味を惹かれました。その当時このピアノはメンデルスゾーンやリストの様な人物によっても演奏されていたのです。しかしZacharieva-Maleevaは楽器の保存状態のひどさに落胆し、このピアノの修復活動の先鋒に立つことになりました。
幾つかの商業的なスポンサー協力と慈善コンサートによる収益によって、修復作業は1995年にGoecke-Fahrenholtzのベルリン工房で着手されました。そしてクララ・シューマンのピアノの修復は完成し、1997年5月30日にSchuloss
BranitzでのZacharieva-Maleevaによる特別演奏会に供されたのです。このピアノが演奏されるのは少なくとも数十年ぶりであり、この演奏会の後もまた演奏されていません。この楽器はとてもデリケートでコンサートに耐えられるまでに仕上げるには大変な労力がかかりました。
その音の歴史
Zacharieva-Maleevaが最初に楽器を弾いたときに、現代のコンサートグランドピアノに比べてその音がとても「こもっている」事に彼女はあっけにとられました。でも思い出してください。このピアノが最初の音を奏でた時の僅か5年前にはベートーベンもシューベルトもまだ生きていました。反響する低音も華々しく鋭い高音もまだピアノには実現されていませんでした。それは後のリストの貢献によって実現されています。
クララ・シューマンのピアノはその同時代のピアノと同様に、抑えられた(muted)鼻にかかるような音質を持っています。全ての音域は同等のクリアネスを持っていますが、しかしどれも鳴り響くような事はありません。
これはシューベルト、ショパン、そして若きクララ・シューマンがその耳で聴いた音なのです。そして、それに相応しいようにZacharieva-Maleevaはこれらの作曲家の作品を演奏会の曲目として選択し、このCDに収録しています。シューベルトの作品143のソナタ、ショパンの二つのワルツと四つのマズルカ、クララ・シューマンのスケルッツォと二つのロマンスです。この曲目は偶然ではなく、1884年のロシア旅行でクララ・シューマン自身が演奏した曲目そのものなのです。
このMHSのCDは本物の19世紀のピアノ演奏会を21世紀の家庭の快適さの中で聴くことの出来る類まれな存在です。お聴き逃しの無いように!
MUSICAL HERITAGE REVIEW VOL.24, NO.12, 2000 RELEASE 623
(写真は全てCD解説書から転載しました) |