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Robert Schumann Lieder
Transcriptions for Piano by
Clara Schumann
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Cord Garben (Pf)
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レーベル;ARTE NOVA(ドイツ) |
入手性;輸入現行盤 |
CD番号;74321 79758 2 |
お気に入り度;★★★★★ |
録音年月日;2000年2月27-29日 録音;DDD |
資料的貴重度;★★★★★ |
収録時間;58分27秒 |
音質 ;★★★★ |
収録曲
ローベルト・シューマン(クララ・シューマンによるピアノ独奏用編曲)
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献呈(ミルテの花作品25、第1曲)
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あなたの顔は(5つのリートと歌作品127、第2曲)
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だれよりも素晴らしい彼(女の愛と生涯作品42、第2曲)
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君は花のごとく(ミルテの花作品25、第24曲)
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くるみの木(ミルテの花作品25、第3曲)
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悲しそうに歌わないで(ゲーテの「ヴィルヘルム=マイスター」によるリートと歌作品98、第7曲)
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わたしはさまよわない(リートと歌第二集作品51、第3曲)
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あこがれ(リートと歌第二集作品51、第1曲)
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友よ手をかして(女の愛と生涯作品42、第5曲)
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はすの花(ミルテの花作品25、第7曲)
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たぐい無い美しさ(6つの歌作品36、第3曲)
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においすみれ(5つの歌作品40、第1曲)
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ライン河畔の日曜日(6つの歌作品36、第1曲)
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ミルテとばらの花をもって(リーダークライス作品24、第9曲)
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山と城が見下ろしている(リーダークライス作品24、第7曲)
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私の恋人は赤いバラのようだ(リートと歌第一集作品27、第2曲)
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見知らぬ土地で(リーダークライス作品39、第1曲)
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間奏曲(リーダークライス作品39、第2曲)
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月の夜(リーダークライス作品39、第5曲)
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春の夜(リーダークライス作品39、第12曲)
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ばらと海と太陽(恋の春よりの12の詩作品37、第9曲)
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魔法の角笛を持つ少年(3つの詩作品30、第1曲)
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春の訪れ(子供のための歌のアルバム作品79、第19曲)
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日の光に寄す(6つの歌作品36、第4曲)
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セレナード(6つの歌作品36、第2曲)
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静けさ(リーダークライス作品39、第4曲)
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恋の歌(リートと歌第二集作品51、第5曲)
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告白(スペイン歌曲集作品74、第7曲)
コメント
感慨深いCDです。
クララがピアノ独奏用に編曲したローベルトの歌曲がこんなにあるとは知りませんでした。私が知らなかったのですから、一般的に知られていなかったと言っても差障りは無いと思います。クララの資料としては最も詳しい、ナンシー・B・ライク著の「クララ・シューマン 女の愛と芸術の生涯」にも何等記載は無く、それ以外の伝記類にも一切の記述がありませんでしたから。しかし私はこれらの曲、とりわけミルテの花作品25のピアノ独奏編曲の存在を「予感」していました。クララは幼少時に父ヴィークの音楽教育方針に従って歌唱も習っていました。しかしそれから何年も歌唱を本業とせずピアノで名を馳せた女性であり、作曲の心得もあるわけですから、愛するローベルトの歌曲を歌手無しでも楽しめるように自分のために編曲し演奏することは自然な成り行きでしょう。クララが自分の声で歌うよりもピアノに歌わせる方が上手い事は誰も疑いませんよね。19世紀最高のピアニストであり、ピアノ演奏によりローベルトに「歌姫」と言わしめた女性なのですから、多分クララ本人も疑っていなかったと思います。問題はその編曲を楽譜として残したかどうか...だけです。
そんな「予感」をさせたのは、Ira Maria
Witoschynskyjのピアノ演奏による「Clara Schumann and
Her Family」というCDです。このCDにはクララがピアノ独奏編曲したリーダークライス作品39の中の三曲に加えて、なんとクララ自身の歌曲すら収録されているのです!その事からクララが様々な歌曲をピアノ独奏で(時として即興で)弾いて楽しんだことは疑いなく、問題は..繰り返しになりますが..それを楽譜に残したかどうか、です。
20世紀も終わろうとしていた2000年12月9日、ひとりのクラリストさんから素敵な知らせが私に届きました。ARTE
NOVAの12月新譜としてこのCDが出るとのメールを頂いたのです。生憎その時点では曲目まではわらなかったのですが、クララ編曲のローベルトの歌曲だけでCD一枚分! 私はこの知らせに心ときめきました。そして「献呈」(ミルテの花作品25の第一曲)が絶対にある!と信じて疑いませんでした。
当然の成り行きですが、私はこのメールを受け取った翌朝、CDショップにCDを発注していました。
CDが到着してみると...私の「予感」は当たっていて...案の定「献呈」がこのCDの冒頭を飾っていました。それ以外にも煌めく宝石のような小曲が散りばめられて、まさに宝石箱の様なCDでした。
「献呈」のピアノ編曲としてはリストの物が有名ですね。リストならではの華やかさに満ちて、演奏会で際立つような曲になっています。しかし私がクララ編曲による「献呈」の存在を「予感」したときに、もうひとつの「予感」がありました。クララの編曲による「献呈」は決して華やかではなく、むしろ歌唱パートを自然にピアノで演奏する地味なものだろうという「予感」です。「ミルテの花」とは花嫁が結婚式に被る花であり、「ミルテの花作品25」は花婿が花嫁に贈った花冠として結婚前日にローベルトからクララに贈られた曲です。クララにとって愛するローベルトの曲の中でもとりわけ特別な曲です。その事実だけで既にこの曲は彼女にとって完全無欠であり「改ざんする」事など思いもよらなかっただろうと、クラリスト1号は信じて疑わない訳です。実際に聴いてみるとその「予感」も当たりました。本当に自然で、原曲の歌曲と連続して聴いても違和感の無いほど。ほとんど何も加えられず、ほとんど何も引かれず、それでいてピアノの特性を最大限に活かしてまさにピアノが「歌っている」のです。それは確かに「クララの歌」であり、私の耳にはローベルトの曲でありながらクララのピアノ曲に聞こえるという不思議な感覚を持ちました。
「献呈」以外でも幾つかの曲で原曲の歌曲とピアノ独奏編曲とを交互に聴き比べましたが、歌手違いのローベルトの異唱がそこにある!という印象です。無言歌という言葉がありますが、メンデルスゾーンの無言歌を超えてこのCDの曲達こそ無言歌という名に最も相応しいと思います。その意味でクララの編曲に支えられたCord
Garbenのピアノによる歌唱もなかなかですよ(笑)。
私は「献呈」の聴き比べ(歌曲、リスト編曲、クララ編曲」をした後で、ふと思い出して映画「愛の調べ」のあるシーンを見直してみました。それはフランツ・リストがシューマンを讃えてサロンコンサートで自分で編曲した「献呈」を披露するのですが、その演奏を聴いていたクララがだんだん不機嫌になり、リストへの返礼としてクララ自身が「献呈」をピアノ独奏で演奏する、というシーンです(映画開始後1時間18分付近にそのシーンはあります)。その時のクララの言葉を全部記述してみましょう。
(リストの演奏を聴きながら、ローベルトに)
違うわ...!
愛を感じる? 技巧だけ..
(リストの演奏終了後、クララがピアノで献呈を演奏しながら、リストに向って)
あなたは驚きだわ。平凡な曲も華麗に変身させる。
でも、技巧が繊細さを壊すときもあるわ。
わかるかしら?
秘めた思い、小さな驚き
語り合うふたつの心
〜ささやかな事〜
そして愛もだわ
幻想も嵐も無い、虹も無い
衣擦れもダイヤも無い
ただ、ありのままの愛...
「愛の調べ」はシューマン夫妻を題材にした映画ですが、史実に忠実ではなくかなり脚色されています。実際にリストがサロンで献呈を披露したことも、クララが返礼として献呈を弾き直した事も事実では無いでしょう。しかしクララがリストの音楽と演奏に対して「苛立」っていたのは彼女が日記に書いた事実であり、それに基づいて創作されたシーンと思われます。そしてこの映画の中のクララの言葉が実に的確にリスト編曲の「献呈」とクララ編曲の「献呈」の違いを語っている様に思えます。
リスト編曲の「献呈」も素晴らしく、それゆえに数多く録音されて世界中の人に愛されています。その魅力を否定するつもりはありません。リストの素晴らしさは「原曲の素晴らしさを活かしつつ、華麗さと演奏会での演出性を付加した」事にあると思います。一方のクララの「献呈」は「自分に贈られた夫の曲のままにある」素晴らしさなのです。当代一の技巧を誇る演奏会ピアニストによる曲と、作曲者の妻による曲の違いなのです。
このCDを聴いた後で「愛の調べ」を見直して驚いたのですが、映画の中でクララが演奏している「献呈」は私の耳にクララ編曲版の様に聞こえました。おおお!
さて、ずいぶんと前置きが長くなりましたが、CDの内容と感想に入りましょう。
CDの解説書はクララのピアノ編曲の特徴をふたつ挙げています。一つ目は歌曲集のピアノ編曲を目的としたものではなく、クララの個人的な好みで曲をピックアップしていると言うこと。ですからミルテの花作品25やリーダークライス作品39、あるいは他の曲にしても歌曲集全曲が編曲された物はひとつもありません。二つ目はオリジナルに忠実に歌唱パートをピアノに組み込んだこと。従って他の作曲者の様に歌唱パートをオクターブで飛ばすような事はしていません。これらは私のふたつの「予感」〜クララが歌曲をピアノで演奏し個人的に楽しんだであろうことと、夫の曲を改ざんするなど思いつかなかったであろうこと〜
を証明するような記述です(とは言え私は作品25だけは全曲編曲されていると信じていましたが〜残念)。
参考までに解説書によれば、クララがピアノ独奏編曲し(楽譜として残し)たローベルトの歌曲は、このCDに収録された物以外では3曲あるのみとの事です。このCDから省かれた3曲とは、[1]
ミルテの花作品25の第二曲(自由な心)、[2] リーダークライス作品39の第六曲(美しい見知らぬ人々)〜これはClara
Schumann and Her Familyに収録されています、[3] そしてこのCDにも収録されているリーダークライス作品39の第12曲(春の夜)の異なるバージョンです。
クララの選んだ曲に共通することは、優しく嫋やかなメロディの曲が多いということです。これはクララの好みの反映であり、また自身の曲風にも通じることで、従って編曲された曲はクララのピアノの特性が余すことなく活かされています。
演奏の方ですが、Cord Garbenの演奏はオリジナルの歌曲にとても忠実なものになっています。従ってオリジナルの歌曲と聴き比べをしても全く違和感がありません。個人的に献呈の演奏は「愛の調べ」の中でクララが弾くようにもっとゆっくりとした演奏が好きですが、歌曲の献呈と聴き比べるとCord
Garbenのテンポが本来のものです。事実上他に録音の得られない曲ばかりですので比較する対象もありませんが、クララのピアニズムを活かした好演と言って良いと思います。
特にリーダークライス作品39の第5曲「月の夜」の歌唱パートのピアノは、連続するひとつひとつの音符に異なる表情を付けて格別な美しさと静かさを表現しています。そのクララの楽譜指示に感心すると共に、それを的確に弾きこなしているCord
Garbenにも感激してしまいます。
ローベルトの曲の中から薫り立つクララのロマンス!
というのがこのCDを聴いていて私の脳裏をかすめる言葉です。
Cord Garbenはハノーバの音楽高等学院で指揮とピアノを学んだ男性です。といことはドイツ生まれでしょうね。室内楽や歌曲の伴奏を主に担当しているとのことです。
映画「愛の調べ」の中でのクララの言葉の通り、このCDの中には華麗なテクニックを披露する場面も、目がくらむばかりの和声やメロディもありません。その様な側面を期待する人にはつまらないCDだと思います。そこにあるのは、歌曲として聴いたことのある曲達がそのままの姿で穏やかに、可憐にピアノで紡がれて行く音楽だけです。その音楽の向こう側に夫ローベルトに寄り添うクララの姿を想い、クララの芸術観や人となりを想える人には掛け替えのない宝物になるでしょう。だから私にとって既にこのCDは宝物なのです。20世紀最後に私が手にしたCDは、飛び切り素敵なクララからの贈り物だったのです。
実に感慨深いCDです! そして例えようも無いぐらい素晴らしいCDだと思います。それが税込みで1000円でお釣りが来る価格で入手できるのです。すべてのクラリスト(クララアーナ)、そしてすべてのシューマニアーナに購入をお勧めします。クララのCDとしてはもちろん、ローベルトの歌曲集のCDとしても太鼓判を押したいと思います。
2001年9月現在、現役盤で大手CDショップの店頭にあります。
Modified in September 2001
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