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Solomon artist profile
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Solomon Cutner (Pf), Herbert Menges (Con.),
Philharmonia Orchestra
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レーベル;EMI(英国、CDはオランダ製) |
入手性;廃盤 |
CD番号;CZS 7 67735 2 |
お気に入り度;★★★★ |
録音年月日;1956年8月〜9月 録音;ADD |
資料的貴重度;★★★★★ |
収録時間;142分42秒 |
音質 ;★★★ |
収録曲
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ベートーベン;ピアノ協奏曲第1番・作品15
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ベートーベン;ピアノ協奏曲第3番・作品37(カデンツァ:クララ・シューマン)
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グリーグ;ピアノ協奏曲・作品16
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シューマン;ピアノ協奏曲・作品54
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ベートーベン;ピアノソナタ第27番・作品90
コメント
ファーストネームの「ソロモン」で知られるピアニスト「ソロモン・カットナー」の弾く協奏曲を集めたCDです。ソロモンは若い頃にMathilde
Verneに師事しましたが、Mathilde Verneはクララ・シューマンの愛弟子であり、従ってソロモンはクララの孫弟子という事になります。
ソロモンは1956年に右半身がマヒ状態になってしまったと、このCDライナーノーツには書いてあります。だとすれば、このCDに収録された曲達(1956年録音)は、ソロモンが満足な体で演奏できた最後の曲達かも知れません。
このCDにはクララのカデンツァを用いたベートーベンのピアノ協奏曲第三番が収録されています。クララのカデンツァを用いた演奏はわたしの知る限りソロモンの録音しかありません。残念ながらこのCDは恐らく廃盤でしょう。長年CDショップ、CDオンラインショップのカタログなどで探していましたが見つけることが出来ませんでした。最近になって(2000年末頃)廃盤アウトレットショップのバークシャーレコードのカタログの中に見つけて、入手しました。2001年8月現在、まだバークシャーレコードのカタログにはありましたので、まだ入手されていない方はお早めに。
いきなり本題のクララのカデンツァの話題に入りましょう。通常弾かれる(ベートーベンの?)カデンツァとクララのカデンツァを聴き比べると、当然ですがかなりの違いがあります。しかしどちらも第1楽章に現れるテーマをいくつか取り上げて、変奏、展開してゆく点では共通です。通常のカデンツァは第1楽章前半に現れるテーマ、主題提示部のテーマを基本としており、音の流れも(変な言い方ですが)ベートーベン的です。音が大きなサインカーブ(波)を描くかのように鍵盤の右から左、左から右に一気にかけ降りたり登ったり、高い所で留まったりする形が多用されています。私個人の感覚では、5番「皇帝」の第1楽章などにもよく現れる、典型的なベートーベンの音の流れを感じるのです。
一方のクララのカデンツァですが、第1楽章中間部、カデンツァに入る手前辺りで出現するテーマを基本としています。つまり主題展開部のメロディや和音進行で、私の耳には(とっても変な言い方ですが)音の流れがシューマン的なのです。正真正銘ベートーベンが書いた第1楽章中間部にあるメロディライン&和音なのですが、私がこの曲の全体像を理解する前にカデンツァだけを抜き出して聴き比べたときに、クララのカデンツァはローベルトの交響的練習曲から採ったのか?と誤解したほどなのです。ひとつのメロディラインは小刻みに揺れながら登り降りする音型です。通常のカデンツァの方で使われている鍵盤の右から左、左から右へと一気にかけ降り、かけ登る物とは異なります。もう一つは登りたくても登れない様な複雑な和音の進行がカデンツァ後半部に現れます。どちらも私の耳にはベートーベンと言うよりも、シューマンの交響的練習曲的なのです。
それで、クララのカデンツァを聴いた後に交響的練習曲を聴いてみました。すると、やはり似たようなメロディライン、和音進行がありました。それは第3エチュード(第4曲)、第5エチュード(第6曲)、遺作の第5変奏(終曲)あたりに近似性を感じます。登りたくても登れないような和音進行は第7エチュード(第8曲)によく似たものがあります。
カデンツァとはソリストが自由に演奏できるパートですが、その曲と関係のない演奏をする筈はありませんね。だからその曲の中にあるテーマをいくつか拾って変奏、展開して行くのが通常だと思います。そしてクララのカデンツァを聴いて思ったことは、クララはベートーベンの中からシューマン的な部分(それは多分彼女が本能的に好きな音楽でしょう)を選んで作曲したのだな、という事です。それは意図したと言うよりも、彼女の必然だったと思います。
ソロモンの弾くピアノは、とてもソフトです。男性ならではの力強さももちろんありますが、手首の柔らかさを感じさせる様なデリケートな音が大半を占めます。そんなソロモンの弾くベートーベンは、現代の一部の技巧派ピアニストの弾くそれと異なり、すう〜っと私の心に入ってきます。初めて聴いた演奏でも、昔から聴いていたような自然さがありました。
さて、ソロモンがクララの孫弟子であったと知れば、自ずとシューマンのピアノ協奏曲の演奏の関心が高まりますね。第1楽章冒頭がストイックなまでに力強く、テンポが早く、無暗な思い入れなしに弾き出すのに驚かされます。しかし、それは思い返せばクララの愛弟子、Fanny
Daviesの演奏とも相通じる物で、クララの言葉「オープニングの主題では、両手の各々の指は、厳密に同じヴァリューの音を作り出さなければなりません。」を思い起こさせます。現代の多くの演奏がこの冒頭主題に多くの感情移入をしますが、それはクララ、つまりはローベルトの意図では無かったのかも知れません。
それを証明するかの様に、その後の演奏でのスラーとスタッカートの弾き分けもかなり明瞭で、ローベルトの楽譜指示にかなり忠実な演奏となっています。現代の演奏を聴き慣れた耳にはとても新鮮な演奏です。
グリーグの協奏曲もシューマンの演奏に似て、冒頭主題の弾き出しはストイックな物です。しかしその後は最上級の優しさとニュアンスに溢れた演奏が繰り広げられます。
総じてソロモンの演奏はタッチが柔らかく、しかし力強さもあり、とても心地よい物です。何度聴いても聞き飽きません。
録音は古いですが、最新のデジタルリマスターの効果かヒスノイズも殆ど耳につかず、現代の上質な録音と比べても殆ど落差はありません。
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