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IC 911 Clara Schumann号の経路表示板




ドイツ鉄道の特急列車、IC911 クララ・シューマン号の車両ドアの脇に表示される経路表示板です。インターネット上で購入しました。ICとはInter Cityの略で都市間特急列車を表します。

ドイツの特急列車にはバッハとかリストとか音楽家や偉人の愛称が付けられたものが沢山あり、その運行経路に相応しい名前が選ばれている様です。ハンブルグとミュンヘンの間で運行されていたクララ・シューマン号ですが、ブラームス生誕の地ハンブルグを出発し、ローベルトの「没後」にクララが住み、度々ブラームスもクララの元を訪れたベルリンを経由し、クララ生誕の地ライプツィヒに至っています(その先のザールフェルトからミュンヘンに至る都市とクララの関係は深くありません)。これだけを見るとシューマン夫妻よりもその後のブラームスとクララの関係に焦点を当てた意味深げな命名の様にも思えますね(笑)。しかしもう少し子細に調べると、実に奥ゆかしい秘密が隠されています。

実はこの経路表示板には記されていませんが、初期のクララ・シューマン号はベルリン空港駅にも停車していました。ベルリン空港はシェーネフェルト空港と呼ばれており、初期の経路表示板には「Berlin-Schoenefeld」と言う文字が追加されています。そして911という列車番号。1840年9月11日、結婚の前日にローベルトはクララに、花嫁に贈るミルテの花で作った花冠の代わりに歌曲集「ミルテの花」を送りました。翌9月12日にシェーネフェルトの教会で結婚式を挙げ、9月13日はクララ生誕の地でありローベルトと愛を育んだライプツィヒに新居を構え、クララ21才の誕生日を祝いました。この様にこの小さな表示板にはシューマン夫妻結婚前後の秘密が凝縮されています。
クララ・シューマン号としてはライプツィヒの次にはドレスデン(ライプツィヒの次に夫妻が移り住んだ都市)とローベルト生誕の地ツヴァイカウを経由したい所ですが、生憎そのようには鉄道が走っていないのでちょっと無理(笑)。それで本線上では最もツヴァイカウに近いザールフェルトに停車してローベルトを偲ぶことで我慢しましょう。更にアウグスブルグからミュンヘンには向かわず、地図で左上に走って、クララの別荘地バーデンバーデンに比較的近いハイデルベルグ、クララが最晩年に過ごしたフランクフルト、ローベルトと共に眠る墓があり、ローベルトが亡くなったエンデニッヒにも近いボン、ローベルトと最後に過ごしたデュッセルドルフに行けば理想的なクララ・シューマン号の経路ですが、ICはまずドイツ全土を効率良く結ぶ形で経路が決まり、その上で愛称が選ばれているので、私が望むような経路は無理ですね(^^;。
プレートのサイズはA4で、思ったよりも小さなものです。


右は大きさ比較の為に置いた、原田光子さんの「真実なる女性 クララ・シューマン」

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