ホームに戻る  写真集トップページに戻る

インゼル街のシューマン夫妻の新居
1840年9月12日、シェーネフェルトの教会で結婚したローベルトとクララは、インゼル街5番の建物に新居を構え、1844年12月までここで生活しました。1840年を「歌曲の年」、1841年を「交響曲の年」、1842年を「室内楽の年」とされるように、ローベルトの創作活動はこの頃に最も活発になり、数多くの名曲がこのインゼル街5番の住居で生まれました。それは同時にクララにとっても人生の中で最も幸福だった時期でもあります。
現在ふたりの新居はSchumann-Haus Leipzigとして公開されています。シューマンハウスと言えばツヴァイカウ(シューマンの生家)と、ボン(シューマンが亡くなったエンデニッヒの精神病院跡)が有名ですが、ライプツィヒの方は2001年10月に公開されたばかりで、お恥ずかしながら私もSさんから写真を頂くまで存在を知りませんでした。
このSchumann-Haus Leipzigではシューマンゆかりの様々な品物が展示されている他、コンサートホールや音楽学校などがあるようです。Schumann-Haus Leipzigのサイトはこちら(ドイツ語のみ)。
http://www.schumann-verein.de/

まずインゼル通りの場所ですが、ライプツィヒ駅の南東で歩いてもさほど時間のかからない距離にあります。
Schumann-Haus Leipzigの表示板です。現在の住所はインゼル通18番になっており、シューマンハウスは彼らの住んでいた「1階」(日本流の2階)にあります。
建物の全景です。建物右側のガラス張りの階段踊り場の所に、ローベルトとクララの肖像ポスターが貼られていますが、見えますでしょうか。
建物の正面です。当時のままの古典的な構造の建物は、ライプツィヒ市から古典建築物としての指定を受けているようです。この2階がシューマンハウスです。
正面入口の重厚な木の扉です。シューマンハウス開館時にはこの扉が開かれます。
建物右側に貼られていたポスターです。ここライプツィヒにはシューマンハウスの他、メンデルスゾーンハウス、バッハ博物館があります。
建物の裏側と裏庭の情景です。
では、インゼル通りを歩いた時の情景をご紹介しましょう。
インゼル通りの南端になるDresdner通りから、インゼル通りの入り口を見たところです。ちょっと分かりにくいですが、赤い服を着た人が歩いている場所がインゼル通り入り口で、通りはここから左手方向に伸びています。
そのインゼル通り南端、Dresdner通りとの交差点にある標識です。
その交差点付近からインゼル通りを北方向に見た情景です。既にシューマンハウスは木々の陰に見えています(画面中央やや右の白い建物)。右手前にある赤と青の線の看板のある建物はスーパーマーケットです。
スーパーマーケットの前まで来ると、シューマンハウスがはっきりと見えてきます。右手の白い建物がそれです。
シューマンハウスの前から、更に通りの北側を眺めた景色です。
シューマンハウスの前から南方向を振り返ると、この様な景色になります。左前方にスーパーマーケットの建物が見え、通りの正面にビルのある場所がDresdner通りとの交差点です。


(この写真はサイトのお客様のSさんにご提供頂き、私の方で編集したものです)

ホームに戻る  写真集トップページに戻る