クララ・シューマンのＣＤ紹介

ホームに戻る　　所有ＣＤリストに戻る　　手前のＣＤ解説　　次のＣＤ解説

	CLARA WIECK SCHUMANN, ROBERT SCHUMANN, JOHANNES BRAHMS
	Toomas Vana(Pf)
	レーベル；ANTES EDITION（オーストリー）	入手性；海外現行盤
	ＣＤ番号；BM-CD 31.9091	お気に入り度；★★★★
	録音年月日；1996年3月8日-9日　録音；DDD	資料的貴重度；★
	収録時間；55分59秒	音質　　　　；★★★★

収録曲

ローベルト・シューマン；トッカータ・作品7
ローベルト・シューマン；アレグロ・作品8
クララ・シューマン；三つのロマンス・作品21
ヨハネス・ブラームス；８つの小品・作品76

これは素敵なＣＤです。

ローベルト、クララ、そしてヨハネス。三人の作品をカップリングしたＣＤが最近増えつつあるとは言え、まだまだ少数派です。演奏者としてこの三人をカップリングさせるには、作曲者一人ひとりへの理解を超えて、三人の相互のつながりを理解し、興味が無ければ出来ないと思いますので、演奏にも自ずと深みが増すと考えています。このＣＤもまた、その様な仮説を証明する一枚です。

Toomas Vanaの演奏は初めて聴いた時から何ら違和感なく、最後まで聞き通せてしまいました。この印象はこのＣＤを20回ほど繰り返し聴き直した後でも変わりありません。曲を聴いている瞬間、瞬間はローベルトの曲はローベルトらしく、クララの曲はクララらしく、ブラームスの曲はブラームスらしく聞こえて、カップリング盤である事を忘れてしまうほど、その作曲家に相応しい音造り、曲造りがなされています。一方で落ち着いて全体を分析的に聴けば、作曲家によって音のタッチを使い分けているにも関わらず、その奥にはVanaならではの統一されたトーンが保たれています。

具体的な印象を語る前に収録曲について確認しておきましょう。ローベルト、クララ、ヨハネス、この三人は共に過ごした時の年齢で言えば、ローベルト（1810年生まれ）＞クララ（1819生まれ）＞ヨハネス（1833生まれ）なのですが、収録されている曲はこの逆の関係をイメージさせる物になっています。つまり作曲年と作曲者の年齢で並べると、

ローベルト：トッカータ・作品7、1829-33年（19-23歳）、アレグロ・作品8、1831年（21歳）
クララ　　：三つのロマンス・作品21、1853年（33歳）
ヨハネス　：８つの小品・作品76、1878年（45歳）

つまり曲順では、二十歳前後の新進気鋭の作曲家ローベルトの溌剌としたインスピレーションに満ちた曲、女盛りで、幸せも苦労も知り尽くした大人のクララの曲、そして40歳を越えて円熟期にある巨匠ヨハネスの曲の順に並んでいます。Vanaの演奏は、各作曲家の個性を引き立てつつ、同時に作曲年による性格の違いも見事に弾き分けています。
ローベルトの曲はリズム感が大切だと個人的に思っていますが、多くの演奏家が楽譜にある細かい指示を無視して感傷的に弾いてしまうのに対して、　Vanaはスタッカート、スラー、ペダルを細かく弾き分けて、ここぞと言う時に粒立ちの良い音を放ち、キラキラするようなリズム感を生み出しています。しかし強奏部分でも決して荒々しくはなりません。余り演奏機会の無いトッカータとアレグロの好演だと思います。
クララのロマンスは、一転してロマンティックに、繊細に、優しくロマンスを歌い上げて行きます。第一曲の冒頭から、触れば壊れてしまうようなデリケートなタッチとリズムで音符を刻んで行きます。微妙な間の取り方に女性ピアニストの演奏とは異なる部分があって、女心とはちょと違うのかなと思わせる部分がありますし（説明するのが難しいですが）、右手が最高音を弾く時のタッチをもう少し柔らかくしたいと思う事もありますが、このロマンスの演奏としては水準以上だと思います。
ヨハネスの小品集は、ブラームスならではの力強さと繊細さを、構成力を持って演奏して行きます。左手伴奏の重厚さと、右手の場面場面での音の使い分けが上手く出来ている印象です。演奏を分析的に聴こうと思っても、自然にいつのまにかブラームスの音楽に引き込まれている、そんな印象の演奏です。三人の中ではヨハネス・ブラームスのこの曲が最も弾き慣れていて、深い解釈が味わえる名演だと思います。

この演奏に、著名演奏家のような「一芸」を期待すると裏切られると思います。自分の存在感を誇示するのではなく、楽譜の指示と、作曲者の意図に忠実に向かい合った演奏だからです。何度か聴いているうちにクララの言葉が浮かんできました。
「つまり（テクニックによらず）シンプルに聴こえる演奏によって美を表現することは、考え得るいかなるテクニカルな問題よりも難しいのです。」

Toomas Vanaは1970年4月28日にエストニアで生まれたピアニストです。

ホームに戻る　　所有ＣＤリストに戻る　　手前のＣＤ解説　　次のＣＤ解説