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Clara Schumann
The Complete Works for Piano Solo
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Susanne Grutzmann (Pf)
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レーベル;Profil |
入手性;輸入現行盤 |
CD番号;PH07065 |
お気に入り度;★★ |
録音年月日;1995年2月、10月 録音;DDD |
資料的貴重度;★★★★ |
収録時間;55分07秒+53分21秒+52分42秒+53分41秒 (214分51秒) |
音質 ;★★★★ |
収録曲
CD1
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スケルッツォ第2番・作品14
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ローベルト・シューマンの主題による変奏曲・作品20
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音楽夜会・作品6
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ベッリーニの「海賊の歌」にもとづくピアノの為の演奏会用変奏曲・作品8
CD2
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三つのロマンス・作品11
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ピアノソナタ・ト短調
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ロマンス・イ短調
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四つの性格的小品・作品5
CD3
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四つの束の間の小品・作品15
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即興曲「ヴィーンの想い出」・作品9
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スケルッツォ・作品10
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三つのロマンス・作品21
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三つのプレリュードとフーガ・作品16
CD4
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四つのポロネーズ・作品1
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ワルツ形式のカプリース・作品2
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ロマンス・ヴァリエ・作品3
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ロマンティックなワルツ・作品4
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ロマンス・ロ短調
コメント
史上初のクララのピアノ独奏曲全集となった、Josef
de Beenhouwer盤(1990〜1991年発売)から起算して、17年ぶりの2007年7月に発売されたクララのピアノ独奏曲全集です。しかし録音年月を見ると1995年という事なので、Beenhouwerの僅か4〜5年後に録音されて、12年の歳月を経て発売されています。録音はベルリンのドイツラジオ放送と共同との記載があるので、当時ラジオ番組か何かの目的で録音されたのかも知れません(録音経緯についてライナーノーツには一切の記述がありません)。
このCDは全集と謳っていますが、残念ながら完全な全集ではなく、作品番号のあるピアノ独奏曲、ロマンス・イ短調、ロマンス・ロ短調、ピアノソナタ・ト短調以外の曲は省かれています。それ故に全集としての資料的価値を数段落としていますし、省かれた曲の中にも美しい曲が多いので残念です。ちなみにBeenhouwer盤にあってGrutzmann盤に無い(省かれた)曲は、J.S.Bachの主題による三つのフーガ、プレリュードとフーガ・嬰へ短調、プレリュード・ヘ短調、即興曲・ホ長調、エチュード・嬰イ長調、マーチ・嬰ホ長調があります。これらの曲だけでもCD半分ぐらいの量があります。
Beenhouwer盤が上記の曲を含めてCD3枚に納まっているにも関わらず、Grutzmann盤はより少ない曲数でCD4枚に収録されています。総演奏時間は215分程度なのでCD3枚でも十分に収録出来る量ですが、曲順を無暗に変更するのを嫌ったのでしょうか?
ピアニストのSusanne Grutzmannは1964年にクララの生誕地ライプツィヒで生まれ、ベルリンでピアノを学び、1981年にはローベルト生誕の地のツヴァイカウで催されたローベルト・シューマン・コンクールで受賞したとありますので、この経歴だけを見ると正統なクララ&ローベルトの演奏者の様に思えます。実際、今回のクララのピアノ曲に加えて、ローベルトのピアノ曲のCDも数枚発売されています。
さて、経歴では正統なシューマン奏者を匂わせたSusanne Grutzmannですが、肝心の演奏の方は残念ながら余りお勧めする気になれません。
Grutzmannの演奏スタイルは、大半の曲でテンポが極めて遅く、それでいて一つ一つの音の余韻や表情が少なくあっさりしており、結果的に一連のメロディを奏でる筈の音符たちがバラバラに点在するかのような音楽になっています。和音を弾く際にも一つの音だけを際立たせ、他の音を目立たなくする様に弾く傾向があり、結果的にある筈のメロディ、ある筈の和音が聴感上消えている、あるいは見失ってしまうケースが多々見られます。クララの曲はどれも頭の中に記憶しているつもりですが、このCDを最初に聴いた時には何の曲か直ぐには分らず、音楽よりも音符の足取りを分析し「あ、これはあの曲か」と探し当てるような、探偵小説を読んでいるかの様な気分でした。余り多くない例外としてGrutzmannの演奏で楽しめたのは、演奏速度指示の速いスケルッツォ(作品10、作品14)やクララの初期の作品達(作品1〜4)でした。
解説を書く前には各CDの音楽を理解するために、最低でも4回は聴き通します。それでこのCDばかり2週間ぐらい聴いて大分耳が慣れてきた頃に、試しにBeenhouwer盤を聴き直してビックリ。その時の私の印象を例えれば、古いデジカメの写真を見慣れた頃に、最新鋭の1000万画素を超えるデジタル一眼レフ&高級レンズで撮影した写真を見せられた気分でした。音楽の持つ色彩の豊かさ、奥深さ、表情や表現力の幅に大きな差があり、忘れかけていたピアノ本来の音色の美しさや表現力の豊かさを改めて再認識したのです。
2007年の新譜という事で、クララ・シューマンの初めてのCDがこのCD、という方もいらっしゃるでしょう。その方はクララの音楽を誤解しない為にも是非Beenhouwerの全集を購入して下さい。価格は半額の3枚組みで3000円台後半です。それ以外にも素晴らしいCDが沢山あります。特にオススメのクララのCDはこちらを御覧下さい。
それでは、各曲ごとの印象を書いてゆきましょう。
【CD1】
スケルッツォ第2番・作品14
この曲に相応しい躍動感のあるテンポで演奏されます。強奏部分で少しタッチが荒いとか、緩徐部分で音があっさりしているとかありますが、先ずは不満にはならない、水準以上の演奏です。
ローベルト・シューマンの主題による変奏曲・作品20
部分部分で聴くと悪くは無いのですが、全体を通して聴くと退屈な演奏です。理由は第5変奏を除いて速度変化が殆ど無く、全編ラルゴ〜アンダンテぐらいの遅いテンポで演奏されるからです。他の演奏者は変奏ごとに速度変化をつけて、第2変奏、第4変奏、第5変奏を速いテンポで、第1変奏、第3変奏、第6変奏をゆったりとしたテンポで演奏し、曲全体を引き締めています。Grutzmannは最後の第7変奏をとてもゆっくりと演奏しますが、これだけを聴いていると、クララがローベルトに寄り添う雰囲気がより親密に感じられて悪くはありません。それだけに各変奏での緩急の変化が無く、曲全体が単調になってしまっているのが残念です。
音楽夜会・作品6
緩急の指示が明確な6つの曲からなりますので、この曲は聴いていて違和感は余りありません。しかし依然として他の演奏者と比較すると遅めのテンポで、特に遅いテンポが指定されている曲では破綻の欠片が見えます。第2曲ノットゥルノの中間部は優しい雰囲気の中で主旋律と伴奏が絡み合う筈なのですが、テンポが遅すぎ、各音を伸ばさずあっさり切っているので、主旋律と伴奏がバラバラに交互に出てくる印象になっています。第4曲バラードも中間部に遅すぎてリズムの輝きが消えている部分があります。後半はテンポが速くなり悪くない印象に戻ります。それ以外の曲では楽しめました。
ベッリーニの「海賊の歌」にもとづくピアノの為の演奏会用変奏曲・作品8
この曲も緩急の指示が明確なので各変奏ごとの速度変化がハッキリしていますが、全般的に遅めのテンポで演奏されます。特に遅いテンポ指示の主題提示と第3変奏後半では亀の歩みの様なテンポになり、聴衆にテクニックを披露する「演奏会用変奏曲」の性格が変容してしまっています。速いテンポの変奏ももう少し速ければ、技巧的な華やかさと若きクララの溌剌さが強調されたと思います。
【CD2】
三つのロマンス・作品11
第1曲はゆったりとしたテンポで演奏されます。Cristina Ortizの様なテンポですが、音の響きがあっさり目で深みに乏しく、Ortizの様なゾクッとする音楽とはほど遠いものになっています。
第2曲も相変わらず非常にゆっくりと演奏します。中間のアレグロ指示の部分はまあ悪くありませんが、アンダンテの部分は音符と音符が離れすぎていて、音の粒立ちを良くして余韻を途中で切る傾向があり、メロディの存在が希薄になって音符が点在するようになります。
第3曲はモデラート指示なのですが、テンポは却ってアンダンテよりも遅く感じられる部分が多く、この曲の持つキラキラとした美しさは影を潜めて、メロディラインも希薄な、音符がぽつりぽつりと降ってくる音楽になってしまっています。
全曲演奏時間がBeenhouwerの13分7秒に対して16分52秒であり、如何にゆっくりとした演奏か数字でもお分かりになると思います。
ピアノソナタ・ト単調
第1楽章はアレグロですが、導入部はやはりテンポがやや遅く、音の響きもあっさりしているので、この曲の持つ深い哀愁の様なものを余り感じられません。中間部はテンポが速くなりますが、同時にキータッチが荒くなる傾向があるので、今一つのめり込めない音楽になっています。一方第2楽章から第4楽章までは演奏速度に違和感も無く、楽しめる演奏になっています。
ロマンス・イ短調
テンポは標準的です。音が相変わらずあっさり目ですが、まずまず楽しめる演奏です。
四つの性格的小品・作品5
第1曲、アレグロ指示のテンポの速い曲なので悪くありません。
第2曲はプレスト指示ですが、第1曲と変わらぬ速度で演奏し、この曲もの持つ悪魔的な語法の雰囲気が多少薄らいでいます。深夜の森を馬が疾走するような雰囲気の曲の筈なのですが、馬は疾走ではなくスキップ程度の速さで走っています。
第3曲ロマンスはテンポが遅いのに音があっさりしていて、メロディラインが途切れる傾向があり、クララのロマンスに共通する可憐な美しさが希薄です。
第4曲亡霊達の踊りは速めのテンポ指示なので悪くありませんが、節目で速度を落とす癖があり、妖しい亡霊というよりもちょっと優しい亡霊の踊りになっています。また夜が明けて亡霊達が去って行くようなフィナーレは非常にあっさりと演奏し、フィナーレ感の無いエンディングになっています。
【CD3】
四つの束の間の小品・作品15
私がクララの曲の中で最も美しいと思っている第1曲ですが、余韻のコントロールに余り気を使わないあっさりとした音で演奏します。この曲を初めて聴く人には良い演奏に感じられると思いますが、他の演奏者による作品15-1はもっと深遠な優しさに満ちています。
第2曲はテンポは標準的ながら時折キータッチが荒くなり、耳を刺激します。
第3曲はゆったりとした曲ですが、ゆっくり過ぎてメロディラインがぎこちなくなっています。キータッチは相変わらずあっさりしているので、この曲が本来持っている深淵な美しさを殆ど感じられません。
第4曲スケルッツォは標準的なテンポで演奏されて楽しめました。
即興曲「ヴィーンの想い出」・作品9
この曲はハイドンの皇帝讃歌を題材にした変奏曲の一種ですが、テンポがゆっくりしていて、有名な皇帝讃歌の主題提示からしてメロディがぎこちなくなっています。中間部でもGrutzmann特有の、テンポを極めて遅くし主旋律と伴奏を切り離して交互に演奏するようなスタイルの音楽になっています。一方テンポが速めの所では音が割れるような強奏が目立ち、クララらしさがあまり感じられません。最初にこの演奏を聴いた時は「こんな曲だったっけ?」という自問自答の繰り返しでした。Beenhouwer盤で聴き直すと遥かに色彩豊かな、技巧と装飾に満ちた曲である事に気づかされます。
スケルッツォ・作品10
テンポの速い曲であり、演奏も特に遅いという事はなく、楽しめる演奏でした。強いて言えば強奏部で音が割れる所が小さな欠点です。
三つのロマンス・作品21
第1曲アンダンテは極めてゆっくり演奏されます。冒頭の分散和音がバラバラの音符に聞こえる程遅くなっています。しかしこの曲に限っては各音の余韻を長めに取っていて、メロディの破綻を防いでいるので、まずます楽しめる演奏になっています。中間部のテンポが速くなる所のキータッチがもう少し優しければ良いのですが。
第2曲アレグレットはみじん切りの音楽です。テンポをアダージョ並に遅くして、全ての音にスタッカートを付けてバラバラに切り刻んだ音楽になっています。改めてスコアを確認したら全ての音符の後に十六部休符が置かれていました。クララの意図は音の粒立ちを少し良くする指示だと思いますが、結局演奏が遅すぎて音符がバラバラになったようです。
第3曲アジタートはGrutzmannには珍しく、急速な曲を急速に弾いています。違和感なく楽しめました。
三つのプレリュードとフーガ・作品16
プレリュードとフーガが交互に現れる曲ですが、バッハの曲の様な響きを持つフーガは、同じピアニストとは思えない演奏で、テンポを落としたり、和音を目立たなくしたりが無く、とても楽しめました。恐らくGrutzmannもクララの曲ではなくバッハを弾く気分で演奏していると思います。プレリュードの方はクララのロマンスの様な響きを持つので、他の演奏同様に遅めのテンポ、ぎこちなくなるメロディラインの傾向が垣間見えますが、続くフーガとのバランスを考慮してか、気になる程の事はありませんでした。
【CD4】
四つのポロネーズ・作品1
本来速いテンポで演奏される曲達なので、他の速いテンポの曲の演奏同様に違和感は少ないですが、他のCDと比べるとテンポが一回り遅くて、幼いクララの曲というよりも5才ぐらい大人びた曲になっています。作品1はクララが9才〜11才の時の作品なのでプラス5才効果は良い方向に向いていると感じました。ある意味ではこの曲のベストな演奏かも知れません。
ワルツ形式のカプリース・作品2
若きクララの溌剌とした曲ですが、このCDではやはり5才以上大人びた演奏になっています。Beenhouwer盤では第1曲冒頭の子供のエネルギーが炸裂するような和音の連続もGrutzmannの演奏ではテンポが落とされて、大人しい演奏になっています。絶えず連続する和音の変化でメロディラインを紡ぐ曲なのですが、この演奏では全体的に和音側が強調、強奏されて、横のつながり/メロディラインは希薄になっています。総演奏時間の比較では3割ぐらいGrutzmannの方が遅いので、どの曲もテンポが遅く、若きクララの溌剌としたエネルギーは影を潜め、あたかもクララが良家の大人しいお嬢様で、決して鬼ごっこや悪ふざけをしない女の子であるかの様です。最初はこの演奏も面白いと思っていましたが、大人しい印象の音楽を16分以上も繰り返されるので、何度か聴き直していると少し飽きてきました。
ロマンス・ヴァリエ・作品3
唯一Beenhouwer盤よりも演奏時間の短い(10分7秒 対 11分17秒)この曲は、テンポの点において違和感はなく、クララの若き溌剌とした雰囲気も良く出ています。とても楽しめる演奏です。ただ名演であるBeenhouwer盤と比較すると、伴奏の和音に殆ど存在感が無く、主旋律の余韻の持たせ方があっさりしているので、縦横の音の絡み合いが相対的に薄く、美しさの点で一枚及ばない感じです。クララが音符に宿る若きクララの象徴の曲ですが、ここに現れるクララはBeenhouwer盤よりもやはり2〜3才は大人びています。
ロマンティックなワルツ・作品4
この曲もBeenhouwer盤と演奏時間はほぼ同じで楽しめる演奏です。Beenhouwer盤との違いはロマンス・ヴァリエとほぼ同じ傾向です。
ロマンス・ロ単調
他の後期作品と同様に標準よりもゆったりとしたテンポで演奏されます。音の余韻が少なめで時々主旋律と伴奏が混じらずに交互に音になる傾向もあります。この演奏だけを聴いていれば、楽しめるレベルにはありますが、他のCDと聞き比べてしまうと、特に横のメロディのつながりのぎこちなさが目立ってしまいます。
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