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Clara Schumann Complete
Piano Works
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Jozef De Beenhouwer (Pf)
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レーベル;CPO(ドイツ) |
入手性;輸入現行盤 |
CD番号;999 758 2 |
お気に入り度;★★★★★ |
録音年月日;
CD1: 1990.8.15-18
CD2: 1991.4.10-13
CD3: 1991.8.21-24 (Tr.14: 2000.5.14) 録音;DDD |
資料的貴重度;★★★★★
音質;
CD1/2 : ★★★★
CD3 : ★★ |
収録時間;225分01秒 |
CD3 Tr.14 : ★★★★★ |
収録曲
CD1 :
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ピアノソナタ ト短調 (世界初録音)
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ロマンス ロ短調
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即興曲 ホ長調 (世界初録音)
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ロマンス イ短調 (世界初録音)
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スケルッツオ ニ短調 作品10
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スケルッツオ第二番 ハ短調 作品14
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プレリュード ヘ短調 (世界初録音、他のCD無し)
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音楽夜会 作品6
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エチュード 変イ長調 (世界初録音、他のCD無し)
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マーチ 変ホ長調 (世界初録音)
CD2 :
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三つのプレリュードとフーガ 作品16
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ローベルト・シューマンの主題による変奏曲 作品20
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3つのロマンス 作品11
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ロマンス・ヴァリエ 作品3
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ワルツ形式によるカプリース 作品2 (世界初録音、第7曲以外はGrutzmann盤のみ)
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即興曲 ウィーンの想い出 作品9
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ロマンティックなワルツ 作品4 (世界初録音、他にはGrutzmann盤のみ)
CD3 :
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ベッリーニの「海賊の歌」にもとづくピアノの為の演奏会用変奏曲 作品8(世界初録音、他にはGrutzmann盤のみ)
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4つのポロネーズ 作品1
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4つの性格的小品 作品5 (1、2曲、世界初録音、他にはGrutzmann盤のみ)
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4つの束の間の小品(4つの偶詠) 作品15
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プレリュードとフーガ 嬰ヘ短調 (世界初録音、他のCD無し)
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J.S.Bachの主題による3つのフーガ (世界初録音、他のCD無し)
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3つのロマンス 作品21
コメント
史上唯一のクララのピアノ独奏曲全集です(注)。1990-1991年にオランダのPartridgeレーベルから3枚単売されて、極小量が流通しただけで廃盤となったCDが、2001年8月にCPOレーベルから再発売となりました。
CDに関して、このCDの再発売ほど私にとって喜ばしいことはありません。何故なら、これでやっとクララのピアノ曲の素晴らしき全貌について皆さんと分かち合うことができるからです。
1993年7月、当時の輸入元であるポリグラムIMSの倉庫にあった最後の1枚を私が購入してから(詳細はこちら)、Partridgeレーベルの全集は幻のCDになりました。作品番号1〜5の若きクララの音楽の大多数(注)、それから1845年ごろのローベルトとクララの「フーガ熱」(二人によるバッハ研究)から生み出された様々な小品たちは、作品16を除くと事実上このCDでないと聴けません。またクララの曲の中でも特異なポジションにある作品8、9(注)、晩年の作品である行進曲などもこのCDでないと事実上聴くことが出来ません。これらの曲もとても素晴らしい輝きを持っていますが、しかし正直に申しまして私はホームページでこれらの曲の話題を避けていました。話題に取り上げても、それを読んだ方が聴くことが出来ないからです。どうしても話題にしたかった作品3の解説には、そのかわりに全曲の大部分にわたる譜例をつけました。しかし、今後はその様な遠慮も無用となりました。
(注:2007年7月にSusanne Grutzmannによるクララのピアノ独奏曲全集が発売されましたが、こちらは完全な全集ではありません。収録曲は作品番号のある曲と、ロマンス・イ短調、ロマンス・ロ短調、ピアノソナタ・ト短調のみであり、それ以外の曲は依然としてこのCDでしか聴くことが出来ません。)
このCD再発売に際して、素敵なプレゼントもありました。CD3のトラック14に「プレリュードとフーガ 嬰ヘ短調」が追加されたのです。この曲は2001年時点で私が読んだ如何なる文献、CD解説にも記載されたことのない知られざる曲です(Nancy
B Reich, The Artist and the Woman 2001 Revised Edition には記載されていました)。
ピアニストのJozef de Beenhouwerは、実は隠れた世界屈指のシューマン夫妻研究家です。クララのピアノ曲全集はベートーベンのピアノソナタ全集とは違って出版楽譜がありません。そこで彼は世界中に散り散りになっているクララの楽譜をかき集めて録音に臨んでいます。クララ研究の第一人者であるナンシー・B・ライクですら見つけられなかった曲も洩れなく集めています。さらに加えて、クララの未完のピアノ協奏曲(1847年)の補稿と初演を1992年に実現し、ローベルトの未完のピアノ協奏曲(1839年)の補稿と初演も1986年にしています。これらの業績によって、ツヴァイカウ市から「1993年ローベルト・シューマン賞」を受賞しています。なお、クララの未完のピアノ協奏曲1847年のCDはParham盤とAmbache盤とMargolina盤とWitoshynskyj盤があります。またローベルトの未完の協奏曲1839年のCDにはEley盤とMargolina盤とWitoshynskyj盤があります。(演奏者はBeenhouwerではありません)。
彼は現在ベルギー、アントワープにあるRoyal Flemish Conservatoryの教授をしています。
蛇足ながら彼は薬剤師として大学まで学び、その後音楽に転向しています。法律家を目指しながら音楽に転向したローベルトの生涯になんとなく似ていますね。そしてファーストネーム(Jozef〜男性形)はクララのミドルネーム(Josephine〜女性形)と同じです。彼がシューマン夫妻にとりつかれたのは宿命でしょうか?
この全集では作曲年代順に曲が収録されているというわけではなく、順序に特に深い理由は無さそうです。ただ世界初出の時には3枚同時ではなく、一枚ごとに時間をおいて発売されたCDなので、各CDが一つのコンサートになるように曲目の選択と順序付けがなされているように思います。特に2枚目の作品3から作品2につながる部分は、この二つの曲が一体になった様に聞こえる効果を上げています。
CD1
全集のオープニングを飾る曲が作品番号のないピアノソナタ、という配置は心憎いばかりです。クララの曲風がもっとも雄大になった頃の作品で、この作曲家を忘れ去っている「世間」に、それが大きな誤りであるという事を知らしめるに相応しい曲です。雄大さと繊細さ、ほのかな優しさと憂愁の響きに満ちた曲で、個人的にクララの中でも屈指の名曲と思っています。Beenhouwerは急がずに、個々の音符に表情を豊かに振りまきながら、クララに相応しい、決して荒々しくならないキータッチで曲を紡いで行きます。
続くロマンス・ロ短調(作品解説)はクララの中でも最も美しい曲のひとつ。ブラームスのピアノソナタ第三番のテーマを使った曲で、ブラームスに献呈されています。事実上のクララの作曲活動の最後となったこの曲を、Beenhouwerはやはり、一歩づつ音符を大切に踏みしめるように、感情を込めて弾きあげて行きます。
即興曲(作品解説)は滅多に聴けない曲ですが、誰もが聴いたことのあるような優しく明るい曲。しかしモーツアルトの様な楽天的な明るさではなく、そこはクララならではの大人の妖艶さをかすかにたたえています。続くロマンス・イ短調に向けての素敵なお口直しという感じで配置されています。
ロマンス・イ短調(作品解説)は悲しみに満ちた曲。悲しくて、触ったら壊れてしまいそうな女心を表すこの曲を、羽毛の様なデリケートなタッチをもって弾いています。
暫く緩やかなテンポの曲が続いた後は、2つのスケルッツォ(作品10と作品14)(作品解説OP.10,
作品解説OP.14)です。ここでBeenhouwerは、力強く、しかしデリケートに、速い走狗でも決して音が荒れないタッチとリズムで弾きこなして行きます。なんと素敵な音楽なのでしょう。
そしてまたお口直しの曲として、プレリュードが配置されています。1845年のローベルトとのバッハ研究の中で生まれた小さな一曲。性格的にずっと優しいバッハの平均律を聴いているような美しい曲を、美しくキラキラ輝く音色で弾いています。
続く音楽夜会・作品6(作品解説)は若きクララの最高傑作。このCDのメインディッシュ。本当にBeenhouwerのキータッチはデリケートです。ひとつひとつの音符に様々な表情をつけて、この変化に富んだ曲集を弾いています。
エチュードはまたこのCDの素敵な間奏曲の役割を果しています。BeenhouwerのCD解説によれば1832年(12〜13才)の作曲、ナンシー・B・ライクの本によれば1830年以後(8〜9才)の作曲とありますが、そんな事が信じられない成熟した感じの優しい曲で、ピアニストはそれに相応しく弾いています。
最後のマーチ、これはクララの友人のユリウス&パウリーネ=ヒュープナー夫妻の金婚式の為に、クララの晩年に作曲された曲です。落ち着いた感じの中に、幸福と、これまでの人生の喜怒哀楽を交えた様な曲です。Beenhouwerはいつもの優しさとデリケートなタッチの中に、派手にならない色彩豊かな表現を織り込んでいます。
CD2
このCDは全体が二部構成になっています。第一部はトラック7/作品11までの部。ここでは大人のクララの響きを十二分に味わう事が出来ます。一方のトラック8/作品3以後の曲は若きクララの自由奔放、溌剌としたエネルギッシュな音楽が満ち溢れています。
三つのプレリュードとフーガ作品16(作品解説)は、1845年のフーガ研究の中から生まれたクララの代表作で、ピアニストクララならではの優しいプレリュードと、バッハへの尊敬の念に満ちたフーガが繰り広げられます。Beenhouwerのピアノは、決して女々しくならず、しかし荒々しくもならず、力強さも併せ持った素敵なポリフォニーの世界を紡いで行きます。
ローベルトシューマンの主題による変奏曲作品20(作品解説)は、この曲の演奏の中でも屈指の名演。音が美しく表情豊かなだけではなく、何よりクララの作品3を十二分に理解しているピアニストですから、クララの作品3の主題とローベルトの作品99の主題が絡み合うところの美しさ、クララの存在感はピカイチです。三つのロマンス作品11(作品解説)の演奏も憂愁に満ちた響きを十二分に湛えた、素晴らしい演奏といえます。
さて後半です。ロマンス・ヴァリエ作品3(作品解説)の演奏はもう何もいいません。私が音楽の中でクララ本人に出会った演奏です(そのいきさつはこちら)。Beenhouwerのピアノは13才の若く美しいクララを余すことなく表現していて、何百回聴いても飽きることのない演奏です。これに勝るピアノ曲、ピアノ演奏は私にはありません。
続くワルツ形式によるカプリース作品2(作品解説)も明るく自由奔放な若きクララをそのまま表現したような曲です。作品3から続いて聴くと一連の曲に聞こえます。Beenhouwerのピアノは(作品3以後)一転して、若々しく、力強く、しかし荒れることのないキラキラと輝く様なタッチで、全身の力を使ってクララの若きエネルギーを表現しています。
即興曲・ウィーンの想い出作品9(作品解説)は、ウィーンで歓迎された想い出に、ハイドンの皇帝讃歌の主題を使った即興曲。後半は比較的技巧を誇示する様な曲風ですが、それに相応しくBeenhouwerのピアノも雄大になってゆきます。本当にこのピアニストは曲に合わせて千変万化する音色の持ち主です。
終曲、ロマンティックなワルツ作品4(作品解説)は、作品2や作品3に相通じる、若きクララのエネルギーを湛えた曲。Beenhouwerは作品2、3の演奏同様にキラキラと光り輝く音色で弾いて行きますが、後半の華麗な技巧を披露する部分では極めて雄大なピアニズムを見せてくれます。
CD3
最後のCDは必然的にでしょうか、落ち穂拾い的な曲が大半を占めますが、しかしその落ち穂にこそクララならではの輝きがあるのも事実。存分にクララの姿を味わってください。
ベッリーニの「海賊の歌」にもとづくピアノの為の演奏会用変奏曲・作品8(作品解説)は、このCDでしか聴けない曲で、クララの曲の中でも特異な位置にあります。コンサートピアニストは当時、有名な旋律を用いて即興で技巧を披露することが習慣で、その様な目的の為に作曲されました。従ってこの曲はリスト的な技巧に満ちた輝きを持っています。Beenhouwerは後に続く作品15などとは違って、あたかもリスト弾きであるかのような完全なる技巧と輝きと力強さを以てこの曲を弾きこなしています。
四つのポロネーズ作品1(作品解説)は、クララが9才から11才の間に作曲した曲で、特に第一曲目は子供の習作らしい、可愛らしさと多少の不器用な響きを持った曲です。しかしBeenhouwerはその曲に対しても手を抜くことは無く、全力で「可愛らしく」弾いています。
四つの性格的小品作品5(作品解説)は、ショパンが感激して手書き譜を持ち歩いたという曲で、クララの中ではかなり異質な響きを持つ曲ですが、傑作であることには間違いありません。魔女の饗宴、ボレロ風カプリース、ロマンス、亡霊達の踊り、と題された曲は、第三曲ロマンスを除けば、まるでローベルトがクララに話して聞かせたお伽話やお化けのお話の様に不思議な不協和音を持つ、緊張感と躍動感に満ちた曲です。ここに現れるBeenhouwerのピアノは、まさに白いシーツをかぶってクララとその兄弟を驚かすローベルトの悪戯心そのもの。完全なる技巧とタッチで、怪しくも、しかし悪気の全く無い音楽を奏でます。
四つの束の間の小品作品15(作品解説)は、クララの中でも最も美しい曲です。作品5とは違って、極めて嫋やかに、緩やかに、美しいタッチでBeenhouwerは音を紡いで行きます。
プレリュードとフーガ嬰ヘ短調は、今回の再発売で世界初録音となった曲ですが、その名の通りバッハ的な響きを持ちます。その曲に相応しく、ピアニストは粒立ち良く音符を刻み、立体感あるポリフォニックな響きを聞かせてくれます。それは10年前に録音したJ.S.Bachの主題による三つのフーガでも同じで、平均律クラヴィーア曲集第二巻の3つの作品から主題を採ったこの曲を、美しく響かせてくれます。これらは1845年のローベルトとのバッハ研究の中から生まれた曲達ですが、ナンシー・B・ライクの伝記にも記載されていない、このCDだけで聴く事の出来る知られざる曲達です。
全集の最後を締めくくるのは、三つのロマンス作品21(作品解説)。作品番号を持つピアノ曲としては最後の作曲となったこの曲は、晩年のクララのピアノ曲の特性を最も如実に持ち合わせているもので、苦しみも悲しみを知り尽くした大人の女性、クララの人生の感情の発露が端々に見られます。全曲を通じて悲しみと憂いに満ちた美しい曲です。もちろんBeenhouwerはその感情を見事に歌い上げています。
この最後のCD3の音質だけは、ステレオの音像に拡がりがあまりなく、残念なものになっています。但し新録音となったトラック14は最良の音質で収録されています。
この3枚組のCDにはCD3の録音状態などの「ささやかな」欠点もありますが、個々の曲がそれらに相応しいキータッチで、殆ど完璧に弾きこなされています。録音を急ぐあまりに得てして熟し切らない全集が多い中で、最高レベルの演奏クォリティを持ったCDと言えます。
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