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Hiroko Kawashima plays Clara
Schumann
(川嶋ひろ子 plays クララ・シューマン)
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川嶋ひろ子 (Pf)
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レーベル;コロンビアミュージックエンタテイメント |
入手性;国内現行盤 |
CD番号;BW-1303D |
お気に入り度;★★★★ |
録音年月日;2007年3月29-30日 録音;DDD |
資料的貴重度;★★★★ |
収録時間;69分48秒 |
音質 ;★★★★★ |
収録曲
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ロマンス・ヴァリエ・OP.3
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4つの性格的小品・OP.5から第3曲「ロマンス」
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音楽の夜会・OP.6から第2曲「ノットゥルノ」
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音楽の夜会・OP.6から第3曲「マズルカ」
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スケルツォ・OP.10
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3つのロマンス・OP.11から第1曲
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ピアノソナタ・ト短調
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3つのプレリュードとフーガOP.16から第1曲
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ローベルト・シューマンの主題による変奏曲OP.20
コメント
2007年11月11日に発売された、クララ100%のCDです。
クララ100%〜クララの曲だけのCDは余り多くありませんが、とりわけ日本人演奏家によるものとなると、NAXOSから出ている岩井美子さんのピアノ曲集が他にあるだけです。NAXOSは輸入盤ですから、川嶋ひろ子さんのこのCDは、初めての国内盤の、日本人演奏家による、クララ100%のCDです。
ピアニストの川嶋ひろ子さんは武蔵野音楽大学、及びベルリン芸術大学を卒業後、ベルリン及び国内の音楽大学の講師を歴任され、2007年現在は尚美学園大学、芸術情報学部・音楽表現学科、及び同大学院の教授をされています。川嶋さんは1990年代後半からクララの研究論文を幾つか発表されていて、その紀要がインターネット上に掲載されていましたので、私はこのサイトを開設する前から川嶋さんのお名前を存じていました。クララの曲を演奏したピアノリサイタルの情報もその頃から幾つかありましたが、最近開設された川嶋ひろ子さんのウェブサイトによれば、1993年以降のリサイタルでは必ずクララの曲を演奏され、その内の二つはクララの曲だけのリサイタルになっています。
この様に、長年クララの研究をし、クララの曲を数多くレパートリーに持つピアニストによる、満を持したクララのピアノ曲集がこのCDです。
川嶋さんはCD発売に先立ちレッスンの友誌のインタビューに応じて、ご自身の事、クララの事、今回のCD録音の事などを語られています(2007年9月号〜11月号に掲載)。それによれば、川嶋さんのクララ研究は既に20年に及び、クララの住んだ家(全部で14軒)を全て訪問されて、クララの歩んだ人生を現地で辿られています。またいずれはクララの曲を全部弾いてみたいとの事で継続的に楽譜を収集中だそうです。川嶋さんのクララ研究の奥深さが垣間見えますね。
今回のCD録音に関しても色々と語られていますが、その中から川嶋さんの言葉を二つ引用しておきたいと思います。
クララのピアノ作品の魅力について語られて:
「クララの作品は、弾けば弾くほど自然にすんなり私の中に入ってくるような感じでした。彼女の作品にはドイツ・ロマン派の香りのようなものがすごく溢れているんです。しかもショパン的な詩情豊かな、心の彩に染み込んでくるようなデリケートなものがありますし、華やかさもあります。シューマンとショパンを足したような音楽という感じがして、いろいろな曲を知れば知るほど好きになりました。」
CDの選曲基準について聞かれて:
「基本的に私が好きなものですけれど、クララの色々な面を聴いていただいたいと思って、私が今まで弾いた曲の中から、それぞれに個性のある、いろいろなニュアンスの、性格のいろいろ違ったものを揃えてみました。」
これらの言葉から、川嶋さんのクララの曲への深い理解と共感が伺えます。そして今回のCD録音は日本のクラシック音楽愛好家の皆さんにクララの世界をなるべく幅広く味わってもらうことを意図して、敢えて色々な曲の抜粋を選ばれた事がわかります。私個人は今までクララの曲を沢山聴いてきているので、抜粋ではなく一つの曲集をまとまった形で聴きたいのですが、川嶋さんの意図はこれを読んでいる皆さんの為にあります。
さて演奏の方ですが、最初に全体像から語りたいと思います。川嶋さんはテンポを比較的遅めにとって、一つ一つの音符をとても大切にした、鍵盤を境にピアニストと楽譜が語り合うかの様な演奏になっています。一気呵成に一連のメロディラインを弾いて行く、という事が殆ど無く、縦の和音や、連続する音と音の関係を確実に表現しながら、全ての音を聴衆の耳に届けるように曲を弾き進めて行きます。その為、初めて聴いた際にはどの曲もテンポにおいて多少の違和感を感じたのですが、しかし遅めのテンポでも音に集中力が満ちているので、ゆるぎの無い音楽が構築されており、3回目のプレイバックでは違和感は完全に消えて川嶋さんの音楽に引き込まれていました。そして4回目のプレイバックでクララの四女オイゲニー・シューマンの言葉が私の脳裏をよぎりました。
「私がママの演奏に抱く印象というのは、ゴシック建築に抱く印象に近いです。厳格な対称性を持った複数の線が一番高い所を目指して上に向かって伸びて行くさまは、何度見ても常に目に新鮮に映ります。ママは一つ一つの作品をとても雄大に、情熱的に、そして論理的に紡ぎあげてゆきます。急ぐことも無いし、突然の絶頂もありません。厳格な芸術の法則に従いながら、それでいてとても自然で自由なのです。」
急ぐ事なく、楽譜指示に忠実に、対称性を以て演奏する音楽とはこの様なものか、、、と、川嶋さんの演奏を聴いていて思いました。
好きな曲から選ばれた、という選曲の一曲目がロマンス・ヴァリエ・作品3というのは、この曲を誰よりも愛する私にとって嬉しい配列です。録音頻度は極めて低く、この録音が世界で5番目になります。序奏は一つ一つの音の減衰を十分に味わいながらゆっくりと演奏されて、聴き慣れたBeenhouwer盤に比べると落ち着きのある、少し大人びた13才のクララが現れました(この曲はクララ13才の時の作)。クリスタルの様に美しいピアノの音色によって、この曲の音符に宿るクララの姿もひときわ美しい物になっています。曲の後半、Beenhouwer盤では広場を溌剌と走り回ったクララは、川嶋さんの演奏では途中で足元の花に気付いて足取りを緩め、その花の美しさをローベルトに語るかの様なクララとして描かれています。この様に描くクララ像は多少違いますが、川嶋さん、Josef
de Beenhouwer、どちらも美しい演奏になっています。
4つの性格的小品の「ロマンス」・作品5-1は、元からゆったりとしたリズムのロマンティックな音楽ですが、川嶋さんは一つ一つの音符の存在を明確に表現されるので、単に感傷的というよりは、感傷的な中にも芯の強さがあるロマンスとして描かれています。続く音楽の夜会の「ノットゥルノ」・作品6-2も同様に、とてもゆったりと、しかし全ての音符を確実に響かせて、ショパンにも似た曲を典型的なショパン弾きの様には感傷一辺倒には流さず、デリケートな中にも一本筋の通った夜想曲として描いています。
音楽の夜会の「マズルカ」・作品6-3はもともとリズムをしっかり刻む音楽なので、今まで聴き慣れた演奏と比較しても違いは小さいですが、人一倍音符を大切にされる演奏によってリズムの造形美を存分に味わえました。
スケルツォ・作品10はとても急速な曲として演奏される事が多いですが、川嶋さんはやや遅めのテンポで一つ一つの音符を着実明確に響かせています。テンポとしては今まで聴いた作品10の中では一番遅い演奏の様に感じます。しかし、上記のオイゲニーの言葉がよぎったのはこの演奏を聴いている時で、音の集中力が高いので曲が分解せずに土台のしっかりとした音楽になっています。
ロマンス・作品11-1はもともとゆったりとしたテンポの音楽なので、川嶋さんの演奏テンポでも標準的です。例によって一つ一つの音符の存在感を大切にして弾かれるので、芯に強さのあるロマンスになっています。
ピアノソナタは作品番号18(欠番)が与えられる予定だった、4楽章、演奏時間20分に及ぶクララの大曲でこの曲の録音頻度も低いです。個々の音符の表情を明確に弾き分けて音楽の細部構造を見通せる演奏をされるので、クララ唯一のソナタの構造美を堪能出来ました。これは続くプレリュードとフーガ・作品16-1でも同じ印象で、他の演奏者ではセンチメンタルに響くプレリュードが気丈な音楽になり、続くフーガと合わせて複数声部の掛け合い構造をしっかりと見せてくれる演奏と感じました。
ローベルト・シューマンの主題による変奏曲・作品20もテンポを遅めにして個々の音符の存在感を高めて弾いています。ただ少々ピアノの音がばらついている印象で、他の曲の演奏と比較すると和音や余韻の美しさが後退していて、川嶋さんのタッチにも時々荒さが顔を覗かせます。レッスンの友誌のインタビューの中で、録音の一日目と二日目でピアノの音色が異り二日目の方が良かったとありましたので、一日目に録音されたのかも知れません。とは言え、この違いは注意して聴かないと気付かない程度のものです。
ロマンス・ヴァリエから始まったCDコンサートは、ローベルト・シューマンの主題による変奏曲の最後にクララの象徴としてロマンス・ヴァリエの主題が現れて終わるという、完結した曲の配列になっています。
録音はとてもクリアで、ピアノの音色がクリスタルの様に輝いて聞こえます。帯域バランス、定位感、音場感いずれも自然で聴き疲れしません。ポータブルオーディオでもその良さが伝わりますが、自宅のマイクロのCDプレーヤーにスタックスの大型コンデンサーヘッドフォンで聴くと、更にその良さが引き立ちました。良い録音です。
このCDのレーベルは一応「コロンビアミュージックエンタテイメント」になっていますが、コロンビアのリストには掲載されておらず、販売はハラヤミュージックエンタープライズ扱いになっています。
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