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SCHUMANN Carnaval Kinderszenen
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Brigitte Engerer (Pf)
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レーベル;harmonia mundi france |
入手性;廃盤 |
CD番号;HMC 901600 |
お気に入り度;★★★★★ |
録音年月日;1996年2月 録音;DDD |
資料的貴重度;★★★ |
収録時間;60分44秒 |
音質 ;★★★★ |
収録曲
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ローベルト・シューマン:子供の情景・作品15
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クララ・シューマン:ひそやかな語らい・作品23-3(オリジナルは歌曲。フランツ・リストによるピアノ独奏編曲)
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ローベルト・シューマン:時は春・作品79-23(オリジナルは歌曲。フランツ・リストによるピアノ独奏編曲)
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ローベルト・シューマン:春の夜・作品39-12(オリジナルは歌曲。フランツ・リストによるピアノ独奏編曲)
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ローベルト・シューマン:献呈・作品25-1(オリジナルは歌曲。フランツ・リストによるピアノ独奏編曲)
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ローベルト・シューマン:謝肉祭・作品9
コメント
クララとローベルトのピアノ協奏曲に引き続き、この解説に2度目の登場となるブリジット・エンゲラーによるシューマンのピアノ曲集です。子供の情景と謝肉祭の間にスパイスとしてリストによる歌曲のピアノ独奏編曲が取り入れられており、その中にクララの「ひそやかな語らい・作品23-2」がひっそりと佇んでいます。ピアノ協奏曲のCDでは「ピアノの演奏は悪くありません。難があるとすればオーケストラの方です。」と書いたように、ピアニストの真価が発揮されない演奏になっていましたが、今回は足を引っ張るオーケストラが居ませんので、エンゲラーの音楽に直接触れる事が出来ました。
子供の情景が流れ始めて直ぐに、このピアニストはニュアンス豊かな余韻を奏でる人だという印象を持ちました。多くのピアニストは打鍵 〜音を発する/次の音符を間違いなく弾くこと〜 の方に神経が行ってしまい、音の減衰に対してあまり気を配る事をしませんが、エンゲラーは打鍵だけではなくて音の減衰、余韻のコントロール、間の取りかたが絶妙で、細部まで十二分な心配りをしています。ピアニストの方なら「音の余韻に気を配るのは当然」と思われるかも知れませんが、聴感上で打鍵よりも余韻の方により多くの心配りをしているピアニストは極めて少なく、私の耳では他に仲道郁代さんを初め、指折り数える程しか名前が思い浮かびません。
「子供の情景」は優しさとまろやかさに満ちた演奏です。曲全体的のテンポはやや遅めで、細部まで丁寧に柔らかく弾きこまれています。弱音が美しく、余韻がニュアンス豊かなので、子供への愛情が満ち溢れたような演奏になっています。テンポの早い曲でも無暗にテンポを早くするのではなく、ひとつひとつの音符の存在感と丸みを表現しています。
シューマン夫妻の歌曲のリストによるピアノ独奏編曲には既に数枚のCDがありますが、エンゲラーの演奏には新しい発見がありました。リストの技巧に満ちた華やかなを、彼女はむしろシューマンの曲としてリリックに響かせているのです。
クララの「ひそやかな語らい」は、ゆったりとしたテンポで柔らかく演奏し、オリジナルの歌曲どおり、あるいはそれ以上にニュアンスを込めて、伴奏の音量をやや控えめにして主旋律で歌を見事に歌い上げています。
ローベルトの「時は春」でもその印象は同じで、オリジナルの歌曲や他のリスト編曲の演奏と比べるとテンポが遅めで、主旋律の存在感を大切にし、リストが付加した装飾音を控えめに演奏しているので、ニュアンス豊かなシューマンの歌曲をピアノで聴いているという印象を今までの中で一番強く持ちました。「春の夜」は四曲の中では相対的にリスト寄りの、華やかさに満ちた演奏ですが、それでも柔らかさは随所に織り込まれています。
圧巻は「献呈」です。リスト編曲の献呈は名曲として星の数ほどの演奏がありますが、どれもテンポが速く(オリジナルの歌曲もテンポが速いですが)、リストが加えた装飾音を高らかに鳴らすことで演奏会での効果抜群な曲に仕立てています。それに対してエンゲラーはテンポを遅くし、リストが加えた装飾音を控えめにして主旋律を大切に、ゆったりと紡いで行きます。これを聴いていて、映画「愛の歌」を思い出しました。そこで、以前コード・ガーベンによるクララによるローベルトの歌曲ピアノ独奏編曲集のCD解説で用いた文章を再掲載したいと思います。
私は「献呈」の聴き比べ(歌曲、リスト編曲、クララ編曲」をした後で、ふと思い出して映画「愛の調べ」のあるシーンを見直してみました。それはフランツ・リストがシューマンを讃えてサロンコンサートで自分で編曲した「献呈」を披露するのですが、その演奏を聴いていたクララがだんだん不機嫌になり、リストへの返礼としてクララ自身が「献呈」をピアノ独奏で演奏する、というシーンです(映画開始後1時間18分付近にそのシーンはあります)。その時のクララの言葉を全部記述してみましょう。
(リストの演奏を聴きながら、ローベルトに)
違うわ...!
愛を感じる? 技巧だけ..
(リストの演奏終了後、クララがピアノで献呈を演奏しながら、リストに向って)
あなたは驚きだわ。平凡な曲も華麗に変身させる。
でも、技巧が繊細さを壊すときもあるわ。
わかるかしら?
秘めた思い、小さな驚き
語り合うふたつの心
〜ささやかな事〜
そして愛もだわ
幻想も嵐も無い、虹も無い
衣擦れもダイヤも無い
ただ、ありのままの愛...
「愛の調べ」はシューマン夫妻を題材にした映画ですが、史実に忠実ではなくかなり脚色されています。実際にリストがサロンで献呈を披露したことも、クララが返礼として献呈を弾き直した事も事実では無いでしょう。しかしクララがリストの音楽と演奏に対して「苛立」っていたのは彼女が日記に書いた事実であり、それに基づいて創作されたシーンと思われます。そしてこの映画の中のクララの言葉が実に的確にリスト編曲の「献呈」とクララ編曲の「献呈」の違いを語っている様に思えます。
リスト編曲の「献呈」も素晴らしく、それゆえに数多く録音されて世界中の人に愛されています。その魅力を否定するつもりはありません。リストの素晴らしさは「原曲の素晴らしさを活かしつつ、華麗さと演奏会での演出性を付加した」事にあると思います。一方のクララの「献呈」は「自分に贈られた夫の曲のままにある」素晴らしさなのです。当代一の技巧を誇る演奏会ピアニストによる曲と、作曲者の妻による曲の違いなのです。
このCDを聴いた後で「愛の調べ」を見直して驚いたのですが、映画の中でクララが演奏している「献呈」は私の耳にクララ編曲版の様に聞こえました。おおお! |
この文章はリスト編曲とクララ編曲の「献呈」の違いを語った物ですが、リストのスコアを使ってクララ編曲の「献呈」を、あるいは映画「愛の歌」の中でクララが弾いてみせたテンポと音楽性でリスト編曲の「献呈」を演奏したのがエンゲラーだと言えば、このCDに収録されている「献呈」がどの様な物か想像が出来ますでしょうか。エンゲラーも恐らく映画「愛の歌」を見たに違いない、と思わせる演奏です。なおリスト編曲版でも原曲の題名「Widmung(献呈)」と表示されるCDが多い中で、このCDではリストの表題に従って「Liebeslied(愛の歌)」と表記しています。単なる偶然か、エンゲラーの恣意か、、?
最後の「謝肉祭」は快活な曲が多く、エンゲラーも明るくエネルギッシュに演奏しています。テンポのゆるやかな曲の時には、例によって余韻を大切にした演奏で、曲と曲とのコントラストが明確な演奏になっています。聴いていてとてもチャーミングで楽しく、飽きません。
音質は特に申し分なく、ピアノの音は低音から高音まで魅力的に響いています。
ピアノ協奏曲の解説でも書いたように、ブリジット・エンゲラーはヨーロッパでは知名度のあるピアニストの様で、CDの解説書には入賞した数々のコンクールや、カラヤン/ベルリンフィルを初め共演したオーケストラの名前が延々と記されています。アマゾンを検索しても40枚近いCDがヒットして、そのレパートリーの広さに感心します。CD解説書にはEngererの生まれも育ちも書いてありませんが、ネット上の情報ではフランス生まれで、パリ音楽院に学び、ロン・ティポー国際コンクール、チャイコフスキー国際コンクール、エリザベート王妃国際コンクールの三つで一位を獲得したとあります。(2012年6月23日に病気のため逝去されました)
アマゾンで調べるとこのCDも廃盤になっているようです。但しマーケットプレイスの中古なら入手可能ですし、harmonia mundiのCDは後日再プレスになる事も多いです。またエンゲラーはクララの「ひそやかな語らい/リスト編曲版」を別のCDにも収録しており(Reve D'amour、レーベル:Mirare、番号:MIR-9955)、こちらは現役盤です。(いずれも2009年1月現在)
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